ミシュラン三ツ星のゴルフ場に“ゴルフなし”で泊まってきた
宿泊施設やレストランのガイドブック『ミシュランガイド』に、ゴルフ場併設ホテルが掲載されたと聞き、胸がときめいた。そのうちの1軒に「美肌の湯」があると聞けば、行かない理由は見当たらない。上司を説き伏せること〇時間…。しつこく、根気よく粘ったかいあって、ついに1泊2日、残念ながらゴルフなし…の弾丸出張のプランで首を縦に振らせることに成功した。渾身のガッツポーズで名古屋行きの新幹線チケットを手にした女性編集部員の旅行記――。(編集部・糸井順子)
目的地はミシュラン三ツ星「榊原温泉GC」!
日本ミシュランタイヤ社が発行する「ミシュランガイド」の特別版・東海地方版が、今年5月に初登場した。「三ツ星」~「五ツ星」のランク付けが知られ、レストランなどは掲載されるだけで一気に行列店となることもある権威ある旅行ガイド本だ。今回、「ホテル」のジャンル(ほかに「レストラン」「旅館」がある)でゴルフ場併設ホテルが3軒掲載されたことで、ゴルフ専門媒体GDOの編集部員のワタシにチャンスが舞い込んだ。うふふ。
このうち「三ツ星」にランクされたホテルのひとつが、三重県津市にある榊原温泉ゴルフ倶楽部だ。同温泉はあの清少納言が『枕草子』で有馬、玉造とともに三名泉と記したこともある地。勝手ながら同GCに白羽の矢を立てさせていただいたのは、同温泉が「美肌の湯」としても誉れ高いことを知っていたためだ。総面積137万㎡(東京ドーム29個分)の敷地に温泉、屋外プール、ヴィラなどを備えた滞在型ゴルフリゾートとして知られる同GC。ゴルフ場も18ホールを擁し、シニアのトーナメントが開催された実績を持つコースであることだってもちろん予習済み。だが、今回はあくまで宿泊施設の体験レポートということで、以後説明を割愛することを予めご了承いただきたい。
午後3時にゴルフ場を訪れるという贅沢
新幹線に乗り込み、名古屋に到着したのは正午過ぎ。弾丸ツアーだが計画に抜かりはない。当初の目論見通りに名物きしめんで軽くランチを済ませると、名古屋から1時間半ほど近鉄線を乗り継ぎ、最寄りの榊原温泉口駅に到着した。目的地までは駅から車で10分ほど。チェックイン時間の午後3時、コースに到着した。今回ミシュランに掲載された宿泊施設は、ゴルフ場のクラブハウスと同じ建物だという。プレーを終えて帰路につくゴルファーたちと入れ替わるように、館内へ足を踏み入れる。3階まで吹き抜けのロビーは照明が控えめで、コースを一望する大きな窓の開放感が際立つ。プレー前の期待で華やぐ朝の時間帯とは異なり、静謐(ひつ)な空気が体を包んだ。宿泊を目的にしなければ、この時間にゴルフ場を訪れる経験はなかなかない。私一人のワクワク感。これから過ごす贅沢な時間を想像してテンションが上がる。
広さ113平方メートル!最上級ロイヤルスイートの居心地
この日、宿泊したのは最上級のロイヤルスイートで、広さ113㎡。部屋に配された窓の一つひとつは、刻一刻と表情を変えるゴルフコースビューを額縁のように切り取り、まるで絵画のように見せてくれる。インテリアは、レザーとウッドを基調としたシンプルモダン。リビングルーム、ベッドルームにはそれぞれ、シアターさながらの大型テレビが置かれ、宿泊者たちは思い思いの時間を過ごすことができそうだ。繰り返しで恐縮だが、今回は一人。上司を説き伏せてゴルフなしの弾丸取材を実現した自分をほめてやりたくなる一方、これがゴルフ付きのプライベート旅行だったら…とも思う。
お一人様取材を癒した「おもてなし」の先制攻撃!
複雑な感情をかみしめながら荷ほどきを済ませると、早速、この広いひろい部屋をひとりでどう堪能しようか―と思案した。夕食の時間までは少しある。室内を探検といこう。ベッドルーム、バスルーム、ウォークインクローゼット、ミニキッチン…。そこではたと足を止めた。「冷蔵庫内の飲み物(アルコールを含む)は無償でご利用いただけます」と、チェックインの際に教えてもらっていた。「お言葉に甘えて…」と心でつぶやきながら扉を開けたら、そこにはフレッシュなウェルカムフルーツが用意されていた。“おもてなし”の鮮やかな先制攻撃に頬が緩む。さすが三ツ星ホテルなのだ。
お忍び妄想も…待ちかねた贅沢ディナーの秘密
一旦は伸ばしかけた手を引っ込め、食事の時間を待つことにした。今回の宿泊にはディナーと朝食が含まれていることを忘れてはいけない。そう、そして仕事で来ているため、あらゆる期待感は、翌日のチェックアウトまでにすべてを満喫しなければ…という焦燥感と表裏一体でもある。ロイヤルスイートの室内で、10分いや5分毎に居場所を変えながら時間を過ごす。やればやるほど、一人を痛感するうかつな行動だった。恋人と、または夫婦や家族で、はたまたお忍びで…なんて色々な妄想に耽るはめになり、気が付くともう午後6時。食事の時間だった。
運ばれてきた新鮮な伊勢エビのお刺身、霜降り伊賀牛の鉄板焼き(写真を撮る前に完食してしまったことはご愛嬌、ということで)に、ついついお酒も進む。〆の握り寿司のシャリのおいしさたるや。あっという間に、デザートまで完食してしまった。
慣れない“食レポ”に文字数を割いても意味はないだろう。完食後に田子直樹支配人に美味の理由を聞いた。「レストランで提供されるお米はすべて伊賀米。硬質な榊原温泉の水とは相性が悪く、伊賀米の甘みや噛み応えを引き出せないため、軟水で炊き上げることで、本来の旨味を出す」というこだわりようだ。また、三重県と言えば“松阪牛”が有名だが、「赤身と脂身のバランスがよく和牛本来の旨みが際立つ伊賀牛は、この地域でしか味わえない」知る人ぞ知るブランド牛だという。聞けば、三重はウナギも美味らしい。贅沢ついでに、あしたのランチは鰻重に決定した。
一日の総仕上げは檜風呂で味わう美肌の湯
午後9時。お腹がいっぱいになったところで、この日いちばん楽しみにしていた「美肌の湯」で贅沢な時間の“総仕上げ”に入ろう。浴室の扉を開けると、檜の良い香りが鼻をくすぐる。お湯に浸かると、隅々まで手入れされた木の温もりに、思わずため息が漏れた。聞けば、なかなか見ないレベルで清潔に保たれた檜の浴槽は、その繊細さもあって、同GCでもたった一人の専門スタッフが清掃を担当しており、日々のメンテナンスに手抜かりがないらしい。肌にまとわりつくようなとろみのある水質が、文字通り、身に染みる。お肌トゥルトゥル。あぁ極楽~。
思い切ってブラインドを上げ、浴室の窓から外を見渡すと、クラブハウスから漏れる僅かな光を受けたコースが幻想的に浮かび上がっていた。セキュリティー万全の広大な敷地。しかも部屋付きの温泉だから、覚悟さえ決めれば人目を気にせずいつでも開放感たっぷりに入浴できる。
ロイヤルスイートのアメニティは、オーガニック製品の『ジョンマスターオーガニック』、タオルは高品質な『今治タオル』だった。一つひとつのチョイスに宿泊者の快適さを追求する気配りが感じられ、なんだかうれしくなり、真のリラックスタイムを満喫させてもらった。
午後11時。広すぎる部屋にひとり。あえてテレビをつけず、室内は無音だ。Spotifyも必要ない。最も近い公道からはどのぐらい離れているだろうか?ただ、静寂を楽しむ。しかし、脳はそこにいるはずもない相手を思い浮かべ…妄想が暴走をはじめた。あぁ煩悩は、環境ではなく自分の問題だ。そんな当たり前のことをナチュラルに噛み締めながら、目覚ましをセットする。眠りに落ちるのは、普段よりずっと簡単だった。
納得!ミシュラン「三ツ星」の実力
午前8時。朝食を摂りにレストランへ向かうと、フロントではキャディバッグを持ったゴルファーたちが次々にチェックインしていた。その瞬間まで、ここがゴルフ場であることをすっかり忘れていた。すれ違うスタッフの方々が気持ちの良い朝の挨拶とともに、「昨晩はゆっくりできましたか?」と声を掛けてくれていたせいもある。でも、確かに窓の向こうに広がる清々しいグリーンはゴルフ場ならではの景色だった。
おそらくゴルフを目的にしなかったせいで、より強く分かったことだが、ミシュラン三ツ星の宿泊施設・榊原温泉GCには「なにもしない贅沢な時間」が存在した。ゴルフをしなくても、美しい景色を眺め、温泉に浸かり、日々の喧騒を忘れさせてくれる時間――。広大な敷地が前提となるゴルフ場特有の空間や、そこで働く人の「その場、その瞬間にできる最高のサービスを提供する」というプロ意識が、それを可能にしてくれているように感じられ、ゴルフ業界に身を置く一人としても発見が多かった。決して、瀟洒(しょうしゃ)な装飾や演出の高級感の評価集ではないミシュランガイドが、「三ツ星」をつけたことを完全に納得。そんな「一泊二日ゴルフなし!」の弾丸取材旅行となった。
いま心配なのは、ひょっとすると上司に伝え忘れたかもしれない「ロイヤルスイートの宿泊料」(施設にお問い合わせくださいw)を経費で落とせるかどうか。念のため、最後に強調しておきましょう。今回宿泊した場所はゴルフ場です。
■ 今回「ミシュランガイド」の東海地方版に掲載されたゴルフ場併設ホテル
・榊原温泉ゴルフ倶楽部(三ツ星)
・東建多度カントリークラブ・名古屋(三ツ星)
・NEMU GOLF CLUB(旧合歓の郷ゴルフクラブ)(四ツ星)