駐在レップ米ツアー東奔西走

「We are 水曜日までの男たち」ツアーレップのお仕事ハイケン/駐在レップの米ツアー東奔西走Vol.3

2023/06/29 13:15
トレーラーによく来る松山英樹。クラブの話は止まらない

プロゴルフツアーの現場で働くメーカーの用具担当者(通称:ツアーレップ)をご存じだろうか? 住友ゴム工業(ダンロップ)の宮野敏一(みやの・としかず)氏は松山英樹畑岡奈紗ら契約選手をサポートするべく、2020年より駐在先の米国で試合会場に足を運んでは、クラブの調整を図る。米国を奔走するゴルフギアのプロが現地からとっておきの情報をお届けする。

◇ ◇ ◇

一に準備、二に準備、三、四がなくて、五に準備

「ツアーレップって、どんなことをするのですか?」と聞かれることがよくあります。「試合会場でプロのクラブ調整を何かしらやっているのだろう」と我々の仕事について漠然としたイメージを持たれている方が多いかもしれません。

もちろんクラブの組み立ても行いますが、それ以上に大事なことがあります。我々レップの一番のミッションは「その現場にいること」だと思っています。つまり、選手が安心して試合に臨める環境づくりをすること。その準備のために毎週試合会場に足を運ぶのです。

ウェッジのロフト角&ライ角を調整する宮野氏

プロの試合は毎週コースが違い、選手の悩みも毎週のように変わります。それに合わせて選手が求めるモノ(基本的にはクラブ)も変わる。コースが違えばそれに合わせて困ることが増え、その新しい困ったことに対して準備をする。

料理に例えるなら、「今週はブリをさばくから出刃包丁がいる」とか、「来週はパンを切りたいからパン用の包丁を用意しておいて」とか、「大根の皮をきれいに向くにはどんな包丁がいい?」とか。対コース(食材)で選手の狙いが変わり、自ずと調理道具が変わります。

例えば、「全英オープン」などはリンクスという特徴のあるコースで開催されるため、明らかに“食材”が違いますからね。ドライビングアイアンを用意したり、バウンスの違うウェッジを用意したり、こちらの準備も入念になるわけです。

準備はクラブだけじゃない

発電機のスイッチを入れて一日がスタート

もちろんクラブ以外のアイテムの用意も重要。試合で必要なグローブ、ボール、帽子、シューズなどを補充し、木曜日のスタートに選手が安心して臨める環境を作ります。スタート前に「グローブがない!」なんてことになったら選手は精神的にも焦るはずで、我々が“その場にいる”のは重要なんです。

試合の週は、月曜日の朝7時には会場に来て、およそ1週間分のボールやグローブなどを選手のロッカーに入れていきます。雨予報なら傘やレインウェアも追加。選手のニーズに合わせて物品が増えます。だから、月曜朝のロッカーは各メーカーのレップたちでいっぱい。契約選手らのロッカーを探し、製品をダーッと入れていきます。

朝の仕事は掃除からスタート

選手の会場入りに伴い、彼らとのやり取りが始まります。たいていは前週の試合を踏まえて「打球がちょっと△△△だったから、今週は▽▽▽なクラブが欲しい」といった話し合いが行われ、フィードバックを元にクラブ調整をスタートさせます。そうした「調整+今週のコースへの対応」がテーマとなり、月曜午後から水曜日のツアーバン(トレーラー)の撤収までの時間が我々の仕事のピークになります。

私の場合はさらに松山英樹選手の動きに沿うようにフレキシブルに対応します。松山選手は月曜日、火曜日は午前10時頃にゴルフ場に来ることが多く、そこから9ホールを回り、終わってから午後5時頃まで練習。水曜日は午前中にプロアマに出ることが多く、午後は早めに練習を切り上げて翌日のティオフに備えます。私はというと、やはりそこに“いることが大事”なので、毎日朝7時にはトレーラーに入り、練習場にコース、トレーラーを行き来しながら、松山選手のクラブを作ったり、他の契約選手にも目を配ります。

グリップ、シャフトに大量ストック

プロのグローブをまとめて渡す

結局、我々の仕事で何がいちばん大事かって、やはり「準備」。松山選手が余計な心配をしないように、グローブ、ボールから当たり前のように準備できていなければいけません。クラブの組み立てもひとつでもパーツがなかったらできません。例えば、グリップの下巻きテープも松山選手には昔からの愛用モデルがあり、それがなければクラブは組めません。

グリップも本数がたくさん必要で、交換時に何かしっくりこず、組み直しすることもあります。同じようにシャフトもストックしておかなくてはなりません。急に試したい5番ウッドのヘッドが出てきたとしても、シャフトがなければ試せませんから。そもそも、5番ウッドに挿すようなシャフトはスペック自体が米国には少なく、時にメーカー同士で“貸し借り”もしますが、急なリクエストに対応できるよう先手を打って、日本からモノを取り寄せておく必要があるのです。

つまり「1週間で選手がテストできる回数」は、それこそ我々レップの準備によって変わることになります。水曜日のトレーラーの撤収時間までに何回テストを挟めるか。そのときに「モノがなくてできない」のだけは避けないといけない。そのための準備が大事なんです。

アメリカ人選手のクラブを調整することも多い

日本でも長らくクラブの組み立てをやってきましたが、米国のツアーレップは、スイングを勉強している人が本当に多く、私も彼らに負けないようにと必死です。

ライ角やロフト角の調整、ホットメルト(充填剤)で重心の位置を変えたりもしますが、クラブ調整は選手がスイングづくりで取り組んでいることがベースになります。それも「球を上げたいからロフト角を増やしましょう」といった単純なものではなく、「ダウンブローに打ちたいからロフトを寝かしましょう」、「手元を低くしたいからライ角をフラットにしましょう」といった、スイングの手助けとなるような調整を求められます。

彼らはバリバリのゴルファーが多く、以前はプロだったレップもゴロゴロしています。テーラーメイドの名物レップのキース・サバーブロ氏も元プロゴルファー、ピンのレップのクリスチャン・ペーニャ氏も日本のツアーで活躍しました。ときに選手からのスイング相談にも乗れるぐらいでないと、この仕事はなかなか務まりません。

2月にツアー村の“民族大移動”

トラックでトレーラーを引っ張る

ツアーチームのスタッフは全員が毎週会場に行くわけではなく、松山選手が出場しない週は私もオフィスに出社したり、他のツアーに足を運んだりします。PGAツアー以外にもLIVゴルフの試合に行くスタッフもいますし、シェーン・ローリー選手(アイルランド)を担当するスタッフは、欧州ツアーの試合で中東に行くこともあります。南米に行くスタッフもいますし、それぞれが世界中を飛び回っています。

それでも、トレーラーを運転するウィル・キーズとチームをまとめるボスのロブ・ウォーターズだけは、毎週欠かさずPGAツアーの会場にいます。

ちなみにドライバーのウィルだけは他のスタッフとスケジュールが違い、彼は大会前週の日曜午後に会場に入って一足早くトレーラーのセットアップを始めます(他のスタッフは日曜日中に現地入り)。そして水曜午後には次の会場に向けた搬出を始めます。実質、試合会場にいるのは4日間に満たず、あとは移動ばかり。米国内は移動距離が半端なく長いですからね。

ドライバ―のウィルはクラブの組み立ても行う

一番大変な移動は、2月のウェストコーストスイングの最後(ザ・ジェネシス招待)から、フロリダスイング(ザ・ホンダクラシック)への移動。距離にして実に約2700マイル(約4350km)。日本で言えば、青森―鹿児島間を往復する距離ですから、3日近くかかります。ジェネシスの週は大移動を控えたドライバーたちは、少しピリピリモード。過去に一度、途中のテキサスで雪が降ったことがあり、みんな天気予報ともにらめっこしながら早めに会場を出ていきます。トレーラーが次の会場にないと、我々選手と接するスタッフが作業できなくなってしまうので責任重大です。

ちなみに後方の作業スペースをけん引するトラックが、ドライバーたちの家代わり。運転席の後ろに寝床があって仮眠もでき、ドライバーはみな自分たちのバンを“マイトラック”と呼びます。とはいえ、各社は一日の走行時間に決まりを設けており、彼らは基本的にはホテルに宿泊します。

マスターズ観戦はテレビで

全米オープン仕様のバッグが並ぶ

普段のPGAツアーの試合会場にトレーラーを出しているのは、スリクソン、タイトリスト、テーラーメイド、キャロウェイ、ピン、ミズノ、ウィルソン、ナイキ、日本シャフト、トゥルーテンパー、コブラ&プーマ、PXG。加えて、ありとあらゆるメーカーの混合トレーラー(KBSとスーパーストロークのロゴが外装に貼られている)の計13台。基本的にはこの13台が全米各地を大移動、まるでサーカス団の興行のようですよね。

大手メーカーはトレーラーを2台所有しています。東西に1台ずつ振り分けるのではなく、PGAツアー用と、LPGAも含めた他のツアー用とに分け、時には移動距離を加味してスケジュールをつくります。PGAツアー会場のすぐそばで翌週、下部コーンフェリーツアーの試合があれば、そこは同じバスを連投します。ただ、PGAツアーを主戦場にするウィルが運転するトレーラーはちょっと大きめ。シード選手の名前が入った用具入れのロッカーもついています。ウィルのようなドライバーは運転だけでなく、月曜日や火曜日はクラブの組み立ても行います。ドライビングレンジに行って選手と話すことはありませんが、黙々とクラブを調整します。

契約選手の用具が入ったロッカー

私も含め、運転手以外のレップは、日曜日中に現地に入って、水曜日の飛行機で家路につきます。試合が始まっても、ほとんどのスタッフは現地でプレーを見ません。木曜日はオフィスに出社して、金曜日&土曜日を休みに充てるスケジュール。日曜日には次の試合会場で“次の準備”を始めるわけです。試合中にヘッドが突然割れても、選手はバックアップで対応します。自分は現場に残ることもありますが、それでも日曜日の最後までいることは稀です。

それこそ、松山選手が優勝した2021年の「マスターズ」はテレビで観ていました。選手が優勝争いしをしていたとしても、我々にとっては日曜日に次の週の会場にいることのほうが大事なんですよ。

■ 宮野敏一氏 プロフィール

宮野敏一(みやのとしかず)。2020年からRoger Clevelanad Golf Company,Inc./駐米プロ担当としてハンティントンビーチに赴任。PGAツアーやLPGAに通い、選手のクラブアッセンブル、フィッティングを行う。レップ仲間からは“PANDA(パンダ)”の愛称で親しまれている。