タンスにあった12年前のボールはまだ使える?/ゴルフの疑問調査隊・ボールの賞味期限
ゴルファーなら一度や二度は経験があるであろう、ほこりをかぶった古いボールとの突然の出合い。「まだ使えるの?」と思ったことのある人は少なくないはずだ。そこで、スタッフの家から「PHYZ」初代モデルが発掘されたのを機に、製造元であるブリヂストンスポーツの協力のもと、ゴルフボール(以下ボール)の性能検証を行った。
検証に同行したのは、クラブやボール試打に定評のある伊丹大介プロ。埼玉県秩父市にある同社のテストセンターにて、まずは「PHYZ」の開発に関わった小松淳志さんに話を聞いた。
「ボールの経年変化は、あります」
「『PHYZ』ブランドが誕生したのは2011年で、以降2年ごとにモデルチェンジを重ね、現行モデルは2019年に発売された5代目です。今回お持ちいただいた初代モデルは、製造から12~13年が経過しています」(小松氏)。
干支が一周するほどの時を経たボール、性能に変化はあるのだろうか? 小松氏は続ける。「製造から2~3年くらいなら、ボールの性能は変わらないと断言できます。ですが10年、20年を経ると、性能の変化は…起こります」。長い時間を経たボールの性能はなぜ変化するのか? それにはボールの材料や構造を知っておく必要があるそうだ。
ボールは経年変化で硬くなる
ボールの大部分を占める素材は言うまでもなくゴムであり、ゴムでできたコア(中心)の周りに樹脂の層を重ねて作られる。表面のカバーも樹脂製だ。基本的な構造はどのボールも同じだが、コアや樹脂、カバーの硬さや層の数をモデルごとに細かく設計することで、想定するユーザーにおける最適な性能を目指している。そしてこれらの素材には、ひとつの特性がある。
「ゴムも樹脂も高分子材料(※)で、一般的に時間とともに硬化していくため、古いボールを打ったら硬く感じるはずです。また、わずかずつではありますが反発も低下していくので、初速や飛距離に影響が及ぶでしょう。時間を経ることで変化が一番大きいのは、コアの反発性能です。ボールのコアは吸湿すると反発性能が落ちることが分かっています」(小松氏)
輪ゴムが古くなると硬化して弾力を失い、切れやすくなるのを想像するといいだろう。ボールにも同じようなことが起こっているのだ。我々には見えないところで。真空状態でもない限り、長く空気に触れたボールの性能は低下していくという。
※一般的には分子量が10,000以上の化合物を高分子と呼ぶ。身の回りにあるゴムやプラスチック類は高分子に該当する。硬化のメカニズムには複雑な因子が絡むが、酸素やオゾン、熱や光等の影響により分子の鎖の断裂~結合という化学反応が起こり、硬化劣化すると言われる。弾性などの物性が変化するため、硬く脆くなる方向に劣化する。高分子材料の配合等の工夫によって変化を遅らせることはできるが、劣化を完全に食い止めることは不可能。また、高分子材料の中には経年変化で軟化・劣化するものもある。
PHYZの場合はどうなのか?
「PHYZの想定ユーザーは、ヘッドスピードが速くなく、スコアは100を切るかどうか。さらに打点がバラつき、球が上がらないゴルファーです。それらを補うために、全体的に軟らかく、スピン量が多くならないように設計しています。しかし経年変化で全体的に硬くなってしまうと、現行モデルと比べればドライバーでのスピン量は増えると思います。カバーも硬くなっているので、アプローチショットでのスピン量は減って、止まりにくいでしょう」(小松氏)
つまり、PHYZの狙う性能とは真反対のベクトルに変化していくのだ。時間はかくも恐るべきものである。続いては、新旧PHYZボールを打ち比べていこう。
マシーンテストの結果はドライバーで約3ydダウン
まずは試打マシーンで試打検証。ドライバーを使い、初代と現行モデルをマシーンに打たせ、弾道計測器GC4でデータを取った。
2球ずつのデータをピックアップしたものが下記である。
「ドライバーショットの場合、ボール初速が1m/s上がると飛距離はおよそ5yd伸びると言われています。新旧モデルの初速差は0.5~0.6m/sですので、3ydほど飛距離が低下した、という結果が得られました」(小松氏)
12年前のボールはドライバーで3yd飛ばなくなる、という結果が出た。ここでPHYZの想定ユーザーを再度確認すると、打点がバラつくゴルファー、とある。3ydの飛距離低下は、ある意味で“誤差の範囲”と言えなくもないような気が…。「マシーンの結果はこうなりましたが、実際に人間が打つとどうなるのか、やってみましょう」(伊丹プロ)
ヒューマンテストではより顕著な飛距離差が!
屋外に場所を移し、伊丹プロが試打を行った。クラブはドライバー、9番アイアン、ウェッジによる30~40ydのアプローチショットの3つで、ヘッドスピードはドライバーで40m/sを想定した。
ドライバーを打ってみると、それなりに差異を感じた。「現行モデルはさすがPHYZ、軽くていい感触が得られ、打音も心地いいです。スムーズに振り抜けるので、素振りの延長で力まず打てます。一方の初代ですが、現行と比べると打感に重さがあり、硬さを感じます。弾道は、目視では違いがあまり見受けられませんでした」(伊丹プロ)
伊丹プロは弾道の違いをあまりないと感じたが、計測器が表示する数字は残酷だった。初代モデルは現行に比べてキャリーでおよそ16ydもの差をつけられてしまったのだ。ボール初速はほぼ同じだが、バックスピン量が顕著に異なる。飛び方は変わらなくても、キャリーを生むスピン量が減ってしまったのだ。
マシーンテストよりも大きな差が出たのは何故だろうか? 「人が打ったことによるものだと考えます。ボール初速はほぼ同等ですが、打撃条件の違いで初代はフック回転が強くなった。そのためバックスピンが減り、キャリーが少なくなったと考えます」(小松氏)
古いボールは"感触"が大きく変わってしまう
続いて、9番アイアンとアプローチショットを打ってみる。結果を見ると、飛距離はドライバーほどの差はなかったが、手に伝わる感触はドライバーよりも大きな違いがあったという。「9番アイアンですが、やはり現行モデルのほうが軟らかいです。手に伝わる感触が大きく異なりました。硬くなった初代は、コースで力みそうですし、それを嫌がって緩みのミスも誘発するかもしれません。コースで気持ちよく打てるのは、やはり現行モデルです。アプローチショットもほぼ同じで、打感の差は明らかでした。硬くなった初代は、アプローチで一番大事な飛距離のコントロールが難しい印象です」(伊丹プロ)
新旧モデルを打ち比べた伊丹プロによれば、「ドライバーの飛距離は落ち、グリーンを狙うショットでは望んだ飛距離を出しにくい」とのこと。古いボールでプレーできないことはないが、気持ちよくはないだろう。テストを見守った小松さんに全体的な感想を聞いてみた。
「PHYZの構造は、コアが最も軟らかく、外側にいくほど硬くなっています。ドライバーのスピンを減らすためと、アプローチではスピンがあまり要らないからです。全体的に軟らかくすることでつかまりがよく、気持ちよく飛ばせるボールを目指してきました。それが古くなると、感触も含め思っていたより大きな性能低下が起こることが分かりました」(小松氏)
もしも古いボールを使うなら、性能低下を覚悟しなければならない。せっかくのゴルフ、気持ちよくプレーしたいならボールは新しいものを使うに越したことはないだろう。「ボールは空気に触れているだけで性能が低下するのですが、もしも水に浸かっていたのなら…性能低下は空気の比ではないほど短時間で起こります」(小松氏)。ウォーターハザードに浸かりっぱなしのキレイなボールを拾っても、プレーで使うのは控えた方が良さそうだ。(編集部・中島俊介)
■ 伊丹大介(いたみ・だいすけ) プロフィール
東北福祉大学出身で、2004年にプロ入り。スイング理論に精通しており、ギアの知識も豊富で著書も多数。数多くのプロゴルファーやティーチングプロを指導してきた実績を持つ。