マニアのルーツは高校時代の工房通い 転戦中の長電話/星野陸也のギア語り<後編>
星野陸也はツアーきってのギアオタク…いや、ギアマニアとして知られている。その繊細さと探究心はメーカー担当者も腰を抜かすほど。マニアになるきっかけと、メーカー担当者とのやり取り、クラブ開発への愛を語った。(聞き手・構成/桂川洋一、谷口愛純)
ギアマニアの原点
そもそも星野がクラブにこだわるようになったのはジュニア時代。鉛の切り貼りは「先輩がパターに貼っているのを見て、重心が変わるのが面白いと思った。遊びで色んな形にしていた」と中学時代に覚えたという。そして地元・茨城の水城高進学後にマニア度は加速。近所のゴルフショップや工房をいくつも回るうちに「グリップ交換をするにも、人によって(手作業の)クセがあるんだ」と発見した。
自分の好みにピッタリ合う巻き方をしてくれたのが、水戸市内で当時有名だったクラフトマン。顔を合わせるうちに、話についていけないと思った。「シャフトのトルクがどうだ、振動数がどうだ…と言われても全然わからない。そもそもパターを少し曲げてもらっても、アップライトにするとどうなるか、フラットだとどうなるかも知らなかった」
店主に呆れられた。「『クラブのこと、全然知らないじゃん。それじゃプロになんかなれねえよ。これ読んで勉強しろ』って、メーカーのカタログをポンと渡されたんです」。その後、星野の工房通いはさらに増え「まずは話の内容が理解できるようにしようと思ったのがきっかけ。2、3日に1回のペースで、ほぼ話を聞くだめだけに行きました」
そもそも星野は、片山晋呉らトッププロを輩出した名門ゴルフ部に入れたこと自体が「運が良かった」と言う。「1学年に(特待生が)5人だけで、周りは全国大会優勝者、ナショナルチームにいるようなトップレベルの選手ばかり。自分は中学生の時に全国大会にギリギリで出られたくらいだった」。刺激たっぷりの環境で、授業と授業のあいだの10分間休憩も、教室の隅に置いたパッティングレールの上で球を転がし、クラブに鉛を貼り、雑誌を読み漁る毎日。ゴルフギアの勉強は熱意にさらに火をつけ、プロとして第一線で戦えるようになった。
ドライバーは“骨折スリーブ”で始まった
このオフ、ダンロップの新モデル「ZXiシリーズ」のウッドをテストしている。ナーバスなシーズンを終えてようやく本格的に打ち込みを開始。ところで星野はプロ入りして間もない頃、ドライバーにも独自のカスタムを施していた。その名も「骨折スリーブ」という。
シャフトはヘッドとの結合部分であるホーゼルに、基本的には真っすぐ挿入される。しかしゴルファーによっては、構えたときの見た目や機能面を重視して、わずかに角度を付けて入れることを好む。ホーゼルのわずかな隙間を利用してアップライトにしたり、フラットにしたりするクラフトマンの技だ。
星野の場合は1度アップライトにした上で、右から入れるのが定番だった。その角度が尋常ではなく、ネック側からヘッドを見ると、シャフトとホーゼルが作る線が真っすぐではなく、激しく「く」の字型を描いた。
「クラブが折れているみたいに見えるから、中村さん(ダンロップのクラブ担当・中村俊亮氏)が”骨折スリーブ”だって(笑)」。そんな異形にも理由がある。「フェースの向き(見た目)の問題なんです」
ウッドのヘッドは年々サイズが大きくなり、星野の場合、その度にアドレス時のボール位置が飛球線方向(左側)に寄っていった。両手のポジションは変わらないから、「小さいヘッドのドライバーと同じ感覚で構えたら必然的にフェースは左を向く」。それを解消したのがシャフトの入れ方に角度をつける工夫。ホーゼルのわずかな隙間を無理やり広げて、より斜めから挿入したという。
強いこだわりには星野のプロゴルファーとしてのプライドがにじむ。「プレッシャーがかかっていない時は、球は真っすぐ飛ぶ。でもいざ緊張した時に、『あれ、左に向いてるな』と急に気になってしまう。これはマズイと思って。プロとして。プレッシャーがかかると頭も体も繊細になるんです」
メーカーへの貢献
クラブ調整にこれほどの強い熱意を持つ星野だからこそ、契約メーカー側の期待も大きい。好成績を出すことによるブランドPRへの貢献はもちろん、用具へのフィードバックを残すこともツアープロとしての重要な役割だ。
ウェッジへの微細なカスタムや“骨折スリーブ”を経て、星野の嗜好はメーカーにとっての財産になった。振り返れば、スリクソンは2010年代の中盤、ドライバーづくりに試行錯誤を繰り返した。特に世界トップレベルで使用選手が少なく、松山英樹が他メーカーのドライバーを握っていたのもその象徴。星野も当時のドライバーに”違和感”を覚えていたプロのひとりで、「クラブとスイング、ちょうどいろんな進化の過程にあった」と当時を振り返る。
昔の体積が小さいヘッドは、重心位置がシャフトの軸線上に近く(重心距離が短い)、ボールを遠くに飛ばすためには、シャフト軸を中心にインパクト前後でフェースを大きく開閉させることでスピード(出力)を上げるのが定説だった。しかし、「大型化したヘッドは重心距離が長くなるため、小さいヘッドと同じように手で運動させると、フェースの向きが安定しない」。大型ヘッドの場合、重心距離が短いとフェースの開閉がより大きくなり、扱いが難しい。シャフトの軸線から重心位置を遠ざける必要がある。
「重心が昔とはまったく“逆”。たくさんの人が『重心距離をトウ側に長くして真っすぐ飛ばすなんてありえない』と思っていた。昔、ゴルファーは胸筋を大きくしてはいけないと言われたのは、腕と手首を返すときに邪魔だから。でも今の理論ではインパクトゾーンで手首を(極力)返さないようにして、体全体を回転させたり、ジャンプする動きに変わった。自分も古いタイプのスイングだったから、大きいヘッドのドライバーが打ちにくかったんです」
当時まだ日本でプレーしていた星野は、クラブについて思うことがあるたびに中村氏に電話をかけ、1時間、2時間と会話を重ねた。「思いついたことがあったらすぐに話したくて」(笑)。長電話の要点は開発者にも伝わり、貴重な意見として聞き入れられている。
「誰だ、お前?」
「最近は時差もちょっと考慮してくれるようになりました」と中村氏は笑う。星野との電話は主戦場を海外に移した昨年以降も続いている。毎週、プレーする国が違う欧州ツアーは日本とは環境が異なり、すべての試合でメーカーのスタッフや、工房を兼ね備えた大型バスが待機してくれるわけではない。
そんな時もクラブ調整に必死な星野は、各大会であらゆるギア担当者を訪ね、遠慮なしにオーダーを繰り返した。「最初は『誰だ、お前?』みたいな扱い。クラブを渡すと『仕方ないからやってやる』って感じで。でも、例えばパターでも海外の調整は(ロフト角やライ角が)0.5度刻みしかないんです。機械でデジタルで処理されるから…」。
星野がお願いしたかったのはもっと細かいカスタム。「0.3度、曲げてほしい」と伝えたら、しかめっ面で「0.3だけ? 変わんないよ、それ」とパターを突き返された。だが、それで怯むわけにはいかない。なぜなら、プロだから。
「『そうですよね、0.3じゃ変わんないですよね。でも、やってください』って、お願いし続けました。今ではもう納得して、調整してくれるようになりましたよ。“ゼロ・ポイント・スリー、レス・ロフト”(ロフト角を0.3度少なくして)って感じで」
2年の欧州での旅を経て、星野は2025年1月、PGAツアーに向かう。信頼するツアーレップとの電話は今度、太平洋をまたぐ。