ゴルフ日和

60周年の大改修 究極にサステナブルなゴルフ場とは? ~春日井CC

2024/03/17 12:00

日本で初めてオリンピックが開催された1964年、名匠・井上誠一の設計により、春日井カントリークラブ(愛知県)は誕生した。折しも大型重機を使った造成が始まった時代。井上は東西36ホールを作るために山を削り、谷を埋め、当時としては最大量の440万トン(東京ドーム3.5個分)の土を動かしたと同クラブの10年史に記している。1969年に日本プロ、75年に日本オープン、80年に日本女子オープンの舞台となり、春日井CCはゴルフ史にもその名を刻んだ。

春日井開発株式会社の松岡茂将取締役(左)と松岡明希子取締役(右)

その一方、今年で開場60周年を迎えるコースは近年老朽化も目立つようになっていた。春日井CCを含む近隣5コースを運営する春日井開発株式会社の松岡茂将(まつおか・しげまさ)取締役は、初代会長である祖父が亡くなった3年前に経営に参画したが「正直このまま同じような運営をしていても、売却しなきゃいけないくらい大変になるんじゃないか」と愕然としたという。

コース内は、水量不足で高台にある芝の生育が悪かった。水圧を上げようと送水ポンプを交換したが解決せず、散水管を掘り起こしてみると鉄の成分で内部が目詰まりを起こしていた。「設備の老朽化に対するフィックスが全然追いついていなかったんです」と松岡さん。「それが資金難によるものだったら仕方ない話ですが、余力があるのに適正なところに投資しないのはもったいないー」。春日井の場合は後者だった。

発端は散水設計の見直しだが、それはコース全体を掘り返す大事業である。専門家に相談すると、さらなる戦略性アップや管理費を下げる施策があることも判明した。松岡さんは「ゴルフ場は他の事業と比べると箱がかなり大きくて、純益を上げていくことに苦労する面もあるんです」と捉えている。祖父が開き、父が継いだゴルフ場を「どうやって残していくか?」を考えた時、結論はより多くのゴルファーに楽しんでもらい、管理の手間やコストを下げ、経営を安定させられるようコースを近代化することだった。

現場で指揮するゴルフプラン社のデイビッド・デール氏(右)

米ゴルフプラン社と練った東コースの改修計画は、詳細な作業リストであるマスタープランに落とし込まれた。工期は2023年12月から24年9月末まで。2グリーンを設計当初の1グリーンに戻す。バンカーを適切な位置に再配置し、グリーン周りには芝を短く刈ったコレクションエリアを新設する。ティ位置を変え、グリーンの入り口を決め、狙う角度によって難易度が変わる戦略性を取り入れる。「春日井は上手い人だけが来るゴルフ場じゃありません。アベレージから女性、シニアまで幅広く来ていただきます」と、初心者には回りやすく、上級者にはチャレンジングな設計を意識した。

茂将さんの実姉で、同じく取締役の松岡明希子さんは「人々の健康寿命が長くなる中、年配の方も気楽にプレーしていただけることは大切です。それに国内はどの業種も人手が足りなくなるのは確実なので、お客さまだけでも安心して回っていただけるようなゴルフ場にしていきたい思いがあります」と運営の省人化も意識する。カート道はアスファルトからコンクリートにして耐用年数を約5年から約30年に高め、将来的にプレーヤーが運転して安全にフェアウェイ乗り入れができるよう幅も2.8mへ倍増させた。

特筆すべきはコース管理への配慮である。フェアウェイの幅を広げ、ラフを減らし、コース内に自然を残した非管理エリアを取り入れた。約1100個のスプリンクラーヘッドを中央システムで細かく制御できる散水システムを導入し、将来的には自動芝刈り機も稼働予定。雨水の再利用や効率的な散水により水と肥料、農薬の量は減る。ゴルフプラン社のデイビッド・デール氏は日本の多くのゴルフ場は林と林の間の芝をすべて刈り、その間にホールを作る無駄があると指摘する。たとえば、急勾配の法面を手作業で刈るような作業はプレーへの関与が少ない上に危険だし、複雑なエッジを持つバンカーは印象的だが日々の管理は容易ではない。人が管理するところ、しないところのメリハリをつけ、プレー体験にとって大切なグリーンやティ、バンカー管理に注力できるようにすることで、コース全体のクオリティは上がっていく。

改修中の東コース

事務所には今も井上誠一による手書きのスケッチが残されている。だが、すべてをオリジナルに戻したわけではない。原設計のルーティングと基本的なコンセプトは守りつつ、現代の道具や技術に対応して柔軟に進化させた。新グリーンはその一例で、クラシックなデザインながらUSGAが推奨する三層構造で、国際トーナメント基準のスロープ範囲を採用した。

昭和、平成、令和から次の時代へ。「春日井はうちの系列では最高ランクだと思っているので、今回の改修を通じてより価値を高めていきたい」と松岡姉弟は抱負を語る。“サステナブル(持続可能)”というと環境面に目が行きがちだが、“究極のサステナブル”とは長く生き残っていくことだ。「将来に亘ってお客さん、従業員をしっかり確保でき、ゴルフ場がちゃんと運営されていくことがサステナブルだと思うんです。その為にはプレーヤー、従業員、経営のバランスが一番大事だと考えます」という二人の視線は、何世代も先の未来を見つめている。