プロコーチの息子が東大に合格 ゴルフにも通じる「学び方改革」
東京大学ゴルフ部コーチ・井上透に聞く《上》
東京大学ゴルフ部に今年、日本ジュニアに3年連続出場の経験を持ち、国体少年男子の部で個人26位に入ったジュニアゴルファーが入部した。彼の父親は、日本初のツアープロコーチとして、数多くのプロやアマチュアの指導をしてきた井上透プロ(45)。レッスン誌でも頻繁に登場する人気コーチの長男・達希くん(18)が今春、東京大学の理科2類に現役で合格したのだ。
■ 文武両道をかなえるイマドキ哲学とは?
達希くんは父親である井上プロの影響もあり、6歳からゴルフに親しんできた。周囲からの期待はもちろん「将来プロゴルファーに?」となる。だが、彼が進んできた道は、我々の想像とは異なった。通っていた中学から高校は、神奈川県有数の進学校・聖光学院。ゴルフ部はない。ゴルフを続けてはきたが、それを進路選択の最優先事項にすることはなかった。
「プロゴルファーにはなって欲しいとは思わなかったです。息子がゴルフをしなかったら、自分との接点がないなというくらいに思っていました。親子の共通の趣味として、ゴルフを始めてもらったというのが出発点でしたね」と、井上プロは家庭内でのゴルフの位置づけを語る。
ゴルフの英才教育ではなかったとはいえ、プロゴルファーの家庭に育ち、自らもゴルフに没頭していった達希くんの実力は、中学入学の頃には70台後半でラウンドするほどになっていたという。進学実績の高い中高一貫校への合格と高いゴルフスキルを身につけ、文字通り“文武両道”を地で行くことになった愛息に、父の井上プロも感嘆の声をあげる。
達希くんが東大を意識し始めたのは、高校一年生の頃。「なぜ東大?」の問いには、井上プロも大きくうなずく回答が返ってきた。「超がつくほどの“負けず嫌い”」。もともと勉強はそれほど好きではなかったというが、誰にも負けたくない、悪い点数をとった教科は必ず改善させるということを繰り返してきた。「勉強はスポーツのように体格の差や生まれつきのセンスが必要ないですよね。頑張れば成績は必ず上がる。努力の量で結果がそのまま出てくれる“競技”ですから」と達希くんは笑顔で持論を述べた。
■ ゴルフ上達も受験勉強も同じスタイル
最難関の東大を目指すとなれば、さぞや勉強優先の高校生活を送ったのだろうと思いきや、達希くんは悲壮感のある“ガリ勉”イメージとは無縁の受験生活だったようだ。父の井上プロが明かす。「(達希は)勉強勉強と必死になっている姿を見たことがありません。いつもテレビを観ながらリビングで勉強していました。普通にバラエティ番組を観ながら、CMに入ると単語帳や参考書に目をやる感じ。ゴルフの練習の合間や空き時間でも、同じように勉強はしていましたね」。テレビは観てはいけない、友達と遊んでいてはいけない、とにかく机にしがみつかなければならない、といった受験生のもつ必死さはほとんどなかったという。
結果として東大入学を果たした愛息を見て、井上プロは「ゴルフの上達法と似ている点が多い」と話す。「志望校に合格するには弱点を探し出し、その弱点を克服する方法を徹底的にこなしていく。それを何度も積み重ねる。ゴルフのスコアアップのためにも、70点の得意分野を80点、90点にする必要はない。それより30点の弱点を70点に上げていく作業が必要」。東大に合格するには、まず5教科7科目で高い平均点を求められるセンター試験の突破が必要。「ゴルフも東大合格も、結果を出すための論理的な思考は変わらない」というのだ。
■ “父子鷹”のような関係性はいま…
達希くんの合格に先んずること約2年。井上プロは2016年に東大ゴルフ部の監督に就任している。当時高校生だった達希くんの先輩が東大生で、その出会いがきっかけとなった。今年4月からは、実の息子が入部。部の活動においては、親子ではなく監督と選手という関係性になる。だが、井上プロは「他の部員と変わりません。親子だから特別に指導が難しいと感じたことは一度もありません。そもそもほかの部員にも厳しく接しているわけではないので」とさらりと話した。
スポーツ界には“父子鷹”という言葉がある。かつてのいわゆる“スポ根マンガ”は分かりやすい例だが、必死になって猛特訓を強いる親子の関係性は、クローズアップされがちなストーリーだ。東大に進学する経緯でも明らかなように、井上親子にはまったくそういった雰囲気はない。
「厳しく指導する方法は、時代にそぐわないのかもしれませんね」と井上プロ。「いまや理論も練習メニューも高等化するなかで、問われるのは量よりも質。とにかく練習量をこなせば上達する時代ではなく、効率を求められる。そのような時代に“父子鷹”のような関係性は求められていないのかもしれません」。
ゴルフの指導者として達希くんと向き合う際、井上プロが心がけていたことがある。「ほかの親がそうしているからとか、厳しく教えることが一般的だからとか、漠然とした思考を強要することは、子供たちにとって嫌悪感しか抱かなくなります。ゴルフも勉強も、まずは本人たちの立場で、どうしたら目標というゴールに近づくことができるのか。筋道を立てて一緒に考えてあげることが重要だと思うのです」。
この春から加入した達希くんも含め、東大ゴルフ部の部員に井上プロが求めるのは、理不尽な経験の強要など厳しく辛いスポーツの影の部分ではなく、楽しさを共有する効率の良い学び方。指導する側も、指導される側も、経験や体験の昇華と言語化や自発性が必要だ。
Profile/井上透(いのうえ・とおる)
1973年4月3日生まれ、横浜市出身。日本初のプロコーチとして数多くのプロをサポートし、現在も成田美寿々、穴井詩、川岸史果らを指導。世界ジュニアゴルフ選手権の日本代表監督としてジュニア育成にも尽力。2016年から東京大学ゴルフ部監督に就任。