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今回のテーマは厳しさを必要としない 東大ゴルフ部の教え

厳しさを必要としない 東大ゴルフ部の教え

2018/08/08


東京大学ゴルフ部コーチ・井上透に聞く《下》

1997年から国内ツアー初のプロコーチとして中嶋常幸佐藤信人のコーチを歴任し、現在は成田美寿々穴井詩川岸史果といった女子ツアーを席巻している若手選手の指導を行う井上透プロ(45)。彼がいま尽力しているのが、東京大学ゴルフ部のコーチ業だ。

以前は関東学生ゴルフ連盟が主催する大会で、下位ブロックに低迷していた同部だったが、井上プロが就任した翌年には男女ともにブロック優勝を果たす快挙を見せた。たった1年で生徒たちのやる気を引き出し、結果を残すまでに成長させたコーチ術とは? その指導法についてうかがった。

■ 一番はゴルフの楽しさを教えること

「東大ゴルフ部はもともと、いわゆる私立の強豪校のようなゴルフ部としての組織が成り立っておりませんでした。70人ほどの部員が所属していますが、全体練習は週に1回集まって、30分間のランニングのみ。あとは週3回行われている練習場でのトレーニングに2回以上参加することが義務づけられているだけ。部として形はありましたが、強くなるためのシステムもスタッフも何も揃っていない状況でした」

コーチに就任する前、部の実情で一番驚かされたのが、部員たちのほとんどが“ゴルフ慣れ”していないという現実。井上プロは就任当時の状況を次のように振り返る。「入部する生徒の8割がゴルフ初心者。特に東大生は地方出身者が多く、車を持っている生徒が少ない。コースで練習する環境も整っていなければ、ゴルフクラブが足りていない部員もいたほどで、中には就職活動の時にゴルフ部所属とあると有利という理由で所属している者もいました。思い思いにゴルフらしきことをやってはいましたが、上達する術も部が強くなる仕組みも、すべてが揃っていない状態でした」

このようなサークルや同好会同然のような状況下で、どのようにコーチングをスタートさせたのか。「まず生徒たちに教えたのは、ゴルフの楽しさや上達する喜びでした。初心者の子供たちに、いきなり18ホールを歩かせて、完全ホールアウトさせるなんて無理ですよ。学生たちには、何よりもゴルフを嫌いになってもらっては困ると思ってプレーしてもらいました」と、プロコーチの教えとしては意外なスタートだったことを明かした。

■ ワングリップOK、前進4打も採用

井上プロの同部での指導法は、スポ根系大学運動部のそれとは一線を画す。練習ラウンドでは、学生ゴルフではあたりまえとなっているゴルフバッグを担いだ歩きのラウンドではなく、カートに乗る。ワングリップOKも前進4打も採用するというものであった。

「“役に立たない経験はいらない”というのが、僕の教えの基本理念です。30cmのパットを外した経験が、彼らの成長にどれだけ役に立つでしょうか。初心者の部員たちにそれをやらせて外しても、決してポジティブな経験にはなりません。逆に恐怖心が生まれるだけだと思っています。ワングリップOKにしてプレースピードを上げ、ゴルフ場に迷惑をかけないことを優先させたほうがよっぽど有意義です」

学生の運動部となると規律や厳格を重んじ、詰め込み型と呼ばれる練習量をこなすことだけに尽力してしまいがちだが、それに引っ張られすぎて本文であるゴルフのレベルアップが怠っては元も子もない。井上プロはあくまでも上達するために、何が必要で何が不要なのかを見極め、効率的に生徒たちが成長するための仕組みや環境を提供する。強い選手を育成するためには、まず土台作りから。成長する方法が何も分からなかった生徒たちに、分かりやすくレールだけを敷いてあげる。それこそがコーチの仕事であると断言する。

「部を強くしたい気持ちもありますが、その前に部員たちが卒業した後、東大ゴルフ部にいて良かったと思える状態を作りたいという想いが一番です。卒業した後、社会人になってからもゴルフを続けることで、その楽しさを他の人に伝え、またその人が別の人に楽しさを伝えていく。純粋にゴルフの裾野を広げることが僕の指導の前提にあります」と理念を語ってくれた。

■ コーチの目的はレッスンすることではない

いま何かと世間を騒がしている大学スポーツ。組織の強さを優先させることと、個人がスポーツを通して成長していくこと。このどちらも両立させることの難しさは、コーチとしても一番気をつかう部分と語る。

「指導とは、どのようにすれば良くなるかを教えるだけでは不十分だと思っています。学生たちが自発的に考え、行動するためにサポートすることが重要だと思っているので。東大ゴルフ部の生徒たちだけでなく、ツアープロもいま教えているアマチュアの皆さんもすべて同じですが、僕はスイング理論を指導することがメインではないと思っています。目指すコーチングは“指導”ではなく“補助”。プレーヤー自身が考え、ミスをなくす努力をする。それがコース内でのマネジメントにつながり、スコアアップにつながる。だからコーチはプレーヤーに口を出していない状態がベストだと思っています」

井上プロの考え方は、プレーヤーのサポートにまわり、“管理”ではなく自発を促して成長を待つ“協力者”に近い。それが長年多くのゴルファーを見てきて、強いゴルファー、強い組織を作るために導き出した最善策なのだろうと予測できる。

最後に井上プロに今後の目標について聞いてみると、「強い選手を作りたいというのが目的ではなく、多くの生徒にゴルフを好きになってもらいたい。現在も多くの部員を抱えていますが、部員同士の切磋琢磨よりも、ゴルフが好きな学生を増やしたい。その中から強い選手が育ってくれれば嬉しい」と笑顔を見せた。

周りにゴルフを始めたいという人や初心者ゴルファーに教える機会があれば、どのように教えることが最善なのか。どのように教えることでうまいゴルファーが生まれるのか。そのヒントが井上プロのコーチングに隠されている気がした。

Profile/井上透(いのうえ・とおる)
1973年4月3日生まれ、横浜市出身。日本初のプロコーチとして数多くのプロをサポートし、現在も成田美寿々穴井詩川岸史果らを指導。世界ジュニアゴルフ選手権の日本代表監督としてジュニア育成にも尽力。2016年から東京大学ゴルフ部監督に就任。

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