ツアーレップが見た松山英樹が「スリクソン」で快挙達成するまで
ツアー現場から生の情報を送り届けるための工夫
総じて松山の好みは「大前提として“やさしさ”があること。そして見た目がシャープであること」。アドレス時に、フェースのトップラインがターゲットに対して垂直に見えるドライバーを求める。製品構造上、変更が難しかった『ZX』だが、宮野はクラウンの端に白いペンで数ミリの塗装を施すなどの工夫をし、ラウンドしているフェース面を視覚的にストレートに仕上げた。
シーズンは進み、米国で手応えが少しずつ湧いてきた反面、気にかかったことがあった。国内で懸命に製品開発を進めるチームの雰囲気である。「松山プロがしばらくダンロップのドライバーを握っていなかったことから、自信を失っているように見えました。しかし私は、弊社の開発陣は海外ブランドよりもきっと良いものを生み出せるメンバーだと思っていました」
ともすれば、プロゴルファーは契約関係にある“身内”にとっても、ミステリアスな存在かもしれない。広大な太平洋をまたげば、なおさらだ。そこで宮野は、ツアー現場からの情報報告に、スマートフォンに収めたクラブテスト、練習の動画や画像を織り交ぜることにした。言葉だけでは伝わりにくい表情や仕草を共有することで目線を同じ方向に向けようとしたのだ。
ついにドライバーを変更するも「地獄の日々の始まり」
潮目は2020年8月に変わった。イリノイ州での試合で松山は『スリクソン ZX5 ドライバー』を握った。敗れはしたものの、最終日最終組を回って3位フィニッシュとなった。「それでも、ずっと不安でした。チームには達成感があふれていましたが、私は『これはゴールではなくスタート。地獄の日々はここから始まります』と伝えました」
再び動き出した時計の針。松山の要求はそれから、さらに細部にいきわたるようになった。そして“地獄の日々”は確かに、あの瞬間につながっていた。
2021年4月開催の「マスターズ」。感染症防止の観点からツアーレップの入場が許可されたのは開幕前日の水曜日までだった。入場者数に制限がかかっていたとはいえ、「ここで日本人が勝つことはない。勝って欲しいけど、勝ってはいけないのではないかとも思うほど、アメリカのためにあるトーナメントのような雰囲気を感じていた」というのが宮野の率直な感想だった。
そう畏敬の念を抱きながらも、ドライバーには最後まで調整を施した。それも、大胆に。重心をヒール側に置いてフラットなつくりにしてバランスを取っていたものを、「トウ側の重心×アップライト」にカスタムしたのは本番直前の火曜日のこと。改造中だったスイングとマッチしたドライバーを託して、宮野はオーガスタを離れることになった。
快挙達成の直後に届いたメジャー王者からの言葉
日本に降り立ったのは大会3日目のホールアウト後だった。携帯電話になだれ込んだ大量のメッセージとスコアボードを確認して驚いた。後続に4打差をつけてリードし、快挙はまさに目前に迫った。落ち着けるはずがない。翌朝、テレビの前で最後まで祈った。「やっぱりドライバーだけがすごく不安で…。18番のティショットを打つまでは、ずっと“吐きそう”でした」
フィニッシュを取った松山の手の中で、『スリクソン ZX5 ドライバー』は軽やかに回った。「マスターズを日本製のクラブが制したこと、日本の技術や思いで結果を出せたことが何より感慨深かったです」。快挙への喜びはゴルフメーカーのひとりの社員としてだけのものに留まらない。
宮野の電話が鳴った。グリーンジャケット授与が行われる表彰式直前のメジャーチャンピオンからだった。電話口で聞こえてきた言葉を忘れられるはずがない。
「ありがとうございました。このドライバーだったから、勝てた」