大人の社会科見学

“軟→硬→軟” の3層が最適解 「飛んで止まる」のカラクリとらえたり/大人の社会科見学「ブリヂストンボール開発 M&Dセンター秩父」#2

2026/08/04 17:00
ボール開発のメンバーたち。左から宮川直之氏、小松淳志氏、清水拓市氏、水野祐希氏、深沢秀士氏、田中雄介氏

飛ばすためにはスピンを抑える必要があり、止めるためにはスピンを増やすことが求められる。ボール開発とは、まさにそんな“二律背反”への挑戦でもある。ブリヂストンの開発者たちは、どのようにして「飛んで止まるボール」を生み出しているのか。ブリヂストンスポーツ商品企画チームの小松淳志氏、設計開発チームの水野祐希氏、材料開発チームの深沢秀士氏、ディンプル開発担当の田中雄介氏に話を聞いた。(第2回/全5回)

ドライバーとウェッジの潰れ具合の差

「ツアーB XS」は3ピース構造。右からコア、カバー、インナーカバーの3層で成り立つ

ゴルフボールは直径約4センチの、ただの真っ白な球体だ。ドライバーやアイアンなどのクラブに比べると、見た目だけでは性能の違いが分かりにくい。では、そのボールを飛ばすために何が重要なのか。

「これを見てください」

そう言ってパソコンの画面を提示したのは小松氏。設計チームで20年間近く開発の中心にいたベテランだ。「ドライバーのインパクトの瞬間におけるボールの潰れ具合をシミュレーションしています。どこがどれだけ変形しているかを解析しているんです」

画面にはドライバーとボールのモデルが映し出され、両者の衝突時にボールの中央部が赤く表示されていた。

ドライバーの衝突時。コア部分が赤くなり潰れて変形しているのがよく分かる

「ドライバーでインパクトした際、コア部分が最も変形しているのが分かると思います。一方で表面はコアほど変形していません。つまり、ドライバーのような高スピード条件では中心が変形するため、コアの素材が非常に重要になります。初速にも影響しますし、スピンにも大きく関わってきます」

2000年ごろからタイヤ開発にも使用される解析技術のノウハウを導入したことで一気にボール開発のスピードが上がったという。接地面を解析する最先端のノウハウを活かし、インパクトの瞬間の現象を解明し、そして説明できるようになったのは大きいという。

続けて小松氏はウェッジのシミュレーションを見せた。ウェッジではコアの変化はほとんどなく、フェースに接する表面部のみが赤くなっていた。「ウェッジではコアはほとんど関係ありません。アプローチスピンはほぼ表面の材料で決まります。だからこそ、表面は軟らかい必要があります」

ウェッジの衝突時。表面以外はほとんど変形していないのが分かる

さらに説明を続けた。「ウェッジでは表面は軟らかく、ドライバーではコアの変形が重要。一方、アイアンショットでのスピンという意味では、インナーカバーと呼ばれる中間層の硬さが重要になります。ここが軟らかすぎるとスピンが多い吹けた弾道になってしまう。そのため、この中間層の剛性を高めてスピンを抑えているのです」

コアは軟らかく、中間層は硬く、表面は再び軟らかく――。つまり「軟→硬→軟」のバランスで成り立っているわけだ。2026年モデルのボールで最も変更されたのは、この中間層(インナーカバー)であり、ブリヂストンゴルフ史上最高レベルの剛性を持たせているという。

これだけを見ると、シミュレーション通り作れば、まさに「飛んで止まるボール」が完成しそうだが…。

小松氏は元々設計チームで開発を進めてきた大ベテランだ

「実際に金型を作ってボールを試作し、試験してみないと分からないことも多いんです」と話すのはディンプル開発担当の田中氏。「我々には長い歴史と膨大なデータがありますが、それでも人間が感じる『飛び方』や『見た目』、『手に取った際の印象』なども大切。実際に出来上がったボールを見たり触ったりしたときに、『何か違うな』と感じることもあります」

まさにボール開発の奥深さがうかがえるエピソード。我々取材班はパンドラの箱を開けてしまったような気がしないでもないが…。では次に、「飛び」にとって重要なコアについて、さらに詳しく見ていこう。

コアの硬さのグラデーションとは

ゴムと薬品を混ぜてコアを配合する

ゴルフボールの生産はミキサーみたいな機械でゴムと薬品を混ぜてコアを配合するところからはじまり、ここが性能に大きく影響してくる。「ゴルフボールの体積のうちの多くを占めるのがコアなので、ここをコントロールすることがボール設計において非常に重要になります。特許も公開されていますが、ウレタン材料と同様にコアの配合レシピも外部には見せません。それは秘伝のタレみたいなものです」と言って小松氏は笑った。

ツアーボールは、ボール中心部より外側が硬いほど余分なスピンを抑えられ、飛距離性能が高まる。そのため4層、5層と層を増やして“内軟外硬”を実現しようとするが、ブリヂストンは前述した通り、単層コア、中間層、カバーからなる3ピース構造にこだわっている。その理由はどこにあるのか。

「ゴムでできたコア自体は1層ですが、中心部と外周部分で硬さを変えています。外側にいくほど硬くなり、実質的にはグラデーション構造になっています」と水野祐希氏。1層でありながら多層化のような性能を実現しているわけだ。

コア自体は1層だが硬さのグラデーションをつけている

水野氏はさらに話を続けた。「もちろん多層化もメリットはありますが、層が増えると “界面”が生まれます。界面とはコアと中間層の境界のことで、硬さや反発の差が大きい部分です。数値シミュレーションを用いた構造解析では、その界面がインパクト時に歪(いびつ)な変形を起こし、エネルギーロスが発生します。コアとして異素材を組み合わせず、単層でグラデーションをコントロールすることによってエネルギーロスをなくし、中心の軟らかい部分で低スピン、表面の硬い部分で高初速といった飛びに不可欠な要素を両立しています」

つまり層が増えるほど、不確定な要素が増えるわけだ。「我々はゴム屋です。問題を解決するために、配合を工夫し、1層内で多層構造と同等以上の性能を実現しました。さらにゴムだから成し得る、プロや上級者が好むフィーリングも達成できた。現在のところ、3ピースが究極の形だと考えています」と水野氏は胸を張った。

実に奥深いディンプルの世界

ディンプル開発業務で参考とする正20面体構造の模型

続いて、ボールに欠かせないディンプルについて。ディンプルは飛行機で言うところの“翼”と同じ役割を有し、ボールが打ち出された後の飛行性能を担う。ブリヂストンにはディンプルを専門に研究するチームが存在する。

ブリヂストンはディンプル分野で2つの画期的な成功を収めている。その一つが「デュアルディンプル」で、大きなディンプルの内側に小さなディンプルを構成する形だ。「大小2つのディンプルが大きく作用するのは、打ち出し直後。その高初速域で余計な吹け上がりを抑えます。一方で落ち際の低速域ではディンプル全体で揚力を生むことで、最後のひと伸びにつながります」と話すのは前出の田中氏。実は、その技術自体は古く、初採用は1984年の「アルタスプロ318」だという。「それほど昔から研究開発が進んでいたことは本当にすごいと思います」と田中氏は話す。

ディンプル研究チームの田中氏

「TOUR B X/XS」のディンプル数は330個。以前は300後半から500個ぐらいのボールが主流だったが、プレーヤーの技術向上やボールの性能が技術の進歩に合わせて改良され、モデルごとに最適と思われる数を採用しているという。「330個のうち、直径の異なる複数のディンプルを組み合わせることでボールを構成しています。大小いくつものディンプルを組み合わせることで、ボールの表面積の占有率を上げています。ディンプルの占有率が増えると、打ち出し直後の余計な吹け上がりを抑えることができ、飛距離を伸ばす効果が期待できます」

もう一つの成功が「シームレス構造」だ。以前は製造上、ディンプルの継ぎ目(シーム)が存在していた。「ボールにディンプルがない部分(シーム)が存在することで、弾道の均一性に問題が出ていました」。ボールはたい焼きのように上下の型を合わせて成形するため、その合わせ目に沿って直線状のディンプルの無い継ぎ目が生じていた。それを凸凹のある合わせ目にすることで、ディンプルがない直線状の継ぎ目を無くすことができた。ブリヂストンは1999年より球面全体に均一にディンプルが存在するシームレス化を実現している。

凹凸の合わせ目にすることでシームレス化に成功

さらに、話題はディンプルの深さに及ぶ。

「浅いほど高弾道になり、深いと低弾道になります。例えば、ドライバーの条件では、極度に高く上がりすぎる弾道となると風の影響を受けやすくなり、安定した飛距離が生み出せません。そのため、ヘッドスピードが速めのプレーヤー向けの『TOUR B X/XS』などのツアー系ボールは、吹け上がる際の風の影響を受けにくいように、弾道を抑える効果のある少し深めのディンプル設計になっています。一方で、ディスタンス系と呼ばれるボールの中には、ヘッドスピードが低めの場合でも弾道が上がりやすくなるように工夫されたディンプルが搭載されたモデルもあります」

ボールの周囲で発生する空気の流れをシミュレーションを用いて解析

聞けば聞くほど、実に奥深い世界。考えることは山ほどありそうだ。田中氏含むディンプルチームの研究は、尽きることがない。

次回は「ブリヂストンのボールは傷がつきにくい」の噂の真相に迫る。(取材・構成/服部謙二郎)