杉本エリック 人生初の「アイアンフィッティング」体験ルポ TPIを受けに行くの巻
千葉県生まれ米国育ちの杉本エリックは現在、国内男子ツアーのシード3年目。日本と自宅のあるカリフォルニア州サンディエゴと行き来をしながらツアーを戦っている。南カリフォルニア大を卒業して7年が経ち、ことし11月に30歳になる。
いきのいい若い選手が次々と現れる男子ツアーの中で気を吐いてはいるが、「最近は3日目、4日目に体が疲れてきて無理してゴルフをしている感じがする」と自身の体力の衰えを感じてきているという。そんな中、5月に米国に一時帰国した際に、“TPI”(タイトリストパフォーマンスインスティテュート)に行き、クラブフィッティングを受けていたというのだ…。
体力の衰えをクラブでカバーするために
「TPI」という名を聞くと、体のコンディショニングや、トレーニングを交えたスイングのパフォーマンスアップといった“フィジカル面”の連想をする方が多いだろう。だが実際には体だけでなく、スイング、そしてクラブ面でも研究開発を行う独立した教育、研修機関なのだ。世界中に認定プロを多く輩出していて、いわゆる最先端理論の指導を均一に受けられる。杉本はその総本山でもあるサンディエゴのタイトリスト本社を訪れ、クラブのフィッティングを受けてきた。
プロのキャリアで「いままでアイアンでちゃんとフィッティングをしたことがなかった」というから驚く。今回フィッティングを受けたのは「もう1年前ぐらいからですかね、無理してゴルフをしている感じがしたんです。球をもっと上げたいと無理やり打つことで、体に負担がかかっていた。3日目、4日目にだいぶ体が疲れてきて、球が打ちにくくなった状態でゴルフをすることが多かったんです。調子が良い時はそれでもうまくいくんですが、悪い時にクラブで球を上げることができたらなと思っていました」という理由から。体力の衰えをクラブでカバーしようと思ったわけだ。
特に気にしていたのが、スコアの生命線でもある200yd前後のクラブ。彼でいうところの4Iや5Iだ。「僕はロングヒッターじゃないので、2打目で200ydから225ydが残りやすく、そこでできるだけ高い球を打てたほうがグリーンを攻めやすい。これまでは、カットに打ったりちょっとした技を使って距離を合わせていましたが、それもしんどくなっていた。そこの距離のギャップもきれいにできたらと考えていました」
「T100S」に変えて最高到達点が15フィートも上がった
では、具体的に行ったフィッティングの内容をひも解いていこう。担当はTPI認定プロのトップにいるニック・ギアー氏。まず杉本に打たせたのは、元々使っていた7Iだった。
「球を見てデータも見て、ニックは『この数字は完ぺきだね』って。次に『T100S』アイアンの同じく7番を渡され、打ってみたらキャリー、スピン量、ボール初速の3つが元のアイアンと同じ数字でした。ニックも『これはオッケー』って」。
事前に杉本は、T100やT100Sなどのアイアンの顔(見た目)をチェックしていて、「球を上げたいけど見た目が分厚いのはNG。形がシャープで、オフセットもほぼないのがいい」と好みを伝えていたという。ここまではギアー氏も想定内なのだろう。
続けて5Iを打つように言われ、打った数字を見るとエイペックス(最高到達点)が88フィート(約27m)だった。「低いわけじゃないけど高くもない数字。ボール初速も7Iと同じスピードしか出ていなかったんです」(杉本)。その結果から「T100S」の5Iを渡された。すると1発目からエイペックスが115フィート(約35m)をマークした。
「自分のアイアンより27フィートも高くて、なおかつキャリーが200yd出ましたからね。これまでは、どうがんばっても5Iでマックス192yd、スイングも何も変えずにそれだけ球の高さと距離が変わったことにめちゃくちゃビビりました」。普段からGC4(弾道測定器)でインパクト数値を計測しており、初めて見た数値には興奮を抑えきれなかった。
ギアー氏のフィッティングでは、ライ角やロフト角など細かい数字は聞かれなった。「正直、試打をしたT100Sのライ角やロフト角は前のクラブと違うかもしれません。でもその数値を僕は知らなくてよくて、飛ばしたい距離とエイペックス(最高到達点)がバッチリなのであればそれならそれでOK」と杉本は言う。
1球打つたびにプレーヤーの感想を聞かれ、ギアー氏はその場でヘッドを曲げてロフトとライを微調整。「シャフトを変えないと球が上がらないと思っていたんですが、そうじゃなかったのがびっくりしました」と、シャフトはKBSツアーをそのまま差し替えた。
さらに驚かされたのは、フィッティング中の球数の少なさ。「7Iを新旧合わせて2球、5Iも合わせて全部で5球ぐらい。アイアンのフィッティングでトータル20球ぐらいしか打ってないです。ニックは『良くないものを打ち続けても意味がない』と言い、その(少ない)球数での調整能力の高さに感動しました」
アイアンフィッティングは「大学時代以来」だそう。「体も大学のころとだいぶ変わっているし、卒業してから7年経っていて、だいぶ力もついている。体の動きも悪くなっている部分もあると思うので、それに合わせてフッティングできたのがすごくうれしい」と新しいアイアンに出合えた喜びを語った。
いきついたのは「44.5インチのロフト9.75度」
続けて、1Wのフィッティング。「アイアンと同じように『まずどういう球を打ちたいか』と聞かれた。さらに具体的に、『スイングではどういうところを意識しているのか、そして距離はどれだけ必要なのか』を聞かれました」
「質問に答える中で、自分はいまのドライバーで無理して打っていたと気づいたんですよ。僕は飛ばないので、いろんな技を使ってゴルフがしたいのですが、実際は低い球を打つときに器用に動かせるヘッドではなかった。アイアンだけでなくドライバーも、風が吹いているときは低く出したり、狭いところはラインを出したりという細工ができるクラブであってほしかった。そうした技術の細工もできて、なおかつマン振りしたときにちゃんと飛ぶドライバーが欲しかった」と、結構な無理難題を要求したというのだ。
一連のヒアリングを終えて、ギアー氏が出した答えは「44.5インチのTSR3ドライバー」だった。「『クラブを短くして手が効くようにした』と彼は言いました。元のドライバーの長さは45.75インチでしたから、1.25インチも短くなったことになる。クラブが長いほどダウンスイングでシャフトが体の後ろに落ちてくる僕の悪い癖があって、それをクラブの長さを短くすることで防ごうというニックの狙いでした」
クラブを短くするとスイングスピードが落ちて、飛ばなくなりそうなものだが…。「実際に打ってみると、短くしてもスイングスピードは落ちなかったんです。ニックには珍しいタイプだねって言われました(笑)」。短くてしてもスピードが変わらないのならば、「それなら短い方が安定感あるしそのほうがいい」(ニック)というフィッターの結論だ。
最終的に、1Wのロフトは9度のヘッドを0.75度寝かせた9.75度に。「僕は右から左にドロー系のボールで回したい。9度だとちょっとスピン量が足りませんでした。10.5度のヘッドをロフトを立てる設定も試したんですが、それだと球の高さがちょっと足りませんでした」と細かい調整を重ねた。
シャフトに関しても、言われるがままにフジクラの「ベンタスレッド」に変更。「アイアンからドライバーまで同じスイングで行きたいというのは先にニックに伝えてあって、アイアンと同じように振れるシャフトを探してくれたのだと思います。正直、前のヘッドの時はベンタスが全然合わなかったんですが、今回の組み合わせはハマりましたね」。
1Wも打った球数は少なく、トータルでアイアンと同じ20球程度だという。「球を打って、高過ぎたらもっと低い球がいいとか、つかまり過ぎたら、もうちょっとつかまらないほうがいいとか、そういう調整法でした。ニックは、『3球以上打つとそのスペックで慣れてしまってアジャストしちゃう』と言うんです。それにしても、データを見ながら選手の求めるものを瞬時に作ってくれる腕はすごいと思いました。しかもその答えがパッと出てくる時間の無駄の無さ、恐れ入りました」と手放しで褒めていた。
選択肢も増え、距離のギャップも埋まってきた
日本に帰国後、クラブを変えたことによる手ごたえを感じ始めているという。
「残り205ydでもピン手前か、ピン奥があるじゃないですか。ピンが奥だったら5番アイアンしっかりで200yd打ってランで寄ればいいし、ピン手前だったら4番アイアンのカットで距離を落として205ydを打てばいい。アイアンを新しくして、そういうのができるようになったのは大きいですね」
「以前ならその距離は、4番アイアンしか選択肢がなかったんです。寄らないけど、まあなんかグリーンのどこかに乗ればいいよな、みたいな。手前ピンだったら絶対に攻めれなかったんですよ。奥に乗せてロングパットを打つか、手前の花道に落としてアプローチするかしかなかったので、それではスコアが作れないですよね」。
いまは距離の階段もきれいにできて、175ydからドライバーまで“ギャップ”がなくなったという。
6月の「JAPAN PLAYERS CHAMPIONSHIP」では初日に「64」を出し、その週は今季初のトップ10に入った。新しいクラブたちも、徐々にハマってきている様子だ。
「ことしがツアー3年目。シードも2年連続でとれていて、もうちょっと自分のゴルフをクラブでいかせるんじゃないかと感じていたところだったので、フィッティングを受けて良かったです。でもこれで成績でなかったら、もう自分の腕の問題になっちゃいますよね」と目を細めるエリック。
プロ7年目、クラブを一新して夏のツアーで大暴れできるか。(編集部/服部謙二郎)