ゴルフ日和

ゴルフ場体験をアップデートしていく試行錯誤の先に ~鹿沼72CC

2022/02/07 11:55
レストラン中央を陣取るピザブース

人間が五感を通じて感じ取っている情報量の多さ、そんなことに気がつく時代だからだろうか。栃木県鹿沼市にある鹿沼72カントリークラブを訪れ、新しくも珍しくもない言葉が、関心をくすぐって聞こえてくる機会に遭遇した。「メンバー様の高齢化が進んでいます。若い方にもゴルフを好きになってもらって、新たなお客様になっていただきたい」。やわらかい物腰でそう話したのは杉山辰雄支配人。改めて文字面を追うと、いろんな人から何十回も聞いてきた内容なので不思議な感覚だった。

国の人口減少と高齢化はゴルフ業界においても深刻な問題だ。ゴルフ場にとっても、人口ボリュームが大きく、“社用”を含めて最も大きな顧客層だった1947年~49年生まれの団塊世代が“定年”を迎え始めた2000年代から、若年層や女性の取り込みは業界の最重要課題だった。以来20年近く、その世代がいよいよ70代半ばに差し掛かろうという今も、業界としては有効な打ち手を見定められないでいる難儀なテーマ。記者に限らず、耳にタコができている関係者は少なくない。

関心をくすぐって聞こえたのは、なんらかの手応えを感じさせる杉山支配人のさらりとした口調や表情と、クラブハウス全体に漂うコースの空気感だったように思う。

目次

失敗から生まれた執念の大ヒット施策

豪快な景色を望みながらプレーできる

都心から車で約1時間30分。東北自動車道(鹿沼IC)と北関東自動車道(都賀IC)からいずれも約15分の位置にある鹿沼72CCは、遠くに伸びる日光連山のシルエットと、どこまでも広がる関東平野を望みながらプレーすることができる味わい深い45ホールだ。1975年の開場以降、県内はもちろん首都圏全域から幅広いレベルのゴルファーを待ち受けてきた。ゴルフ業界の中では、若者への施策を中心にゴルファーを増やす活動に意欲的な、アイデア豊かなゴルフ場として知られている。

杉山支配人にアイデア施策の例を尋ねると、最も手応えのあったものとして、「U35(アンダーサーティファイブ)」と名付けた35歳以下限定の会員制度を紹介してくれた。入会金1万1000円が1~4人の1グループ単位での金額になっているのが特徴で、広報担当の荒川磨理さんによれば「ほとんどが4人から8人程度で申し込まれます」という。年会費の1万1000円は1人ずつにかかるが、通常料金よりも低い会員価格でプレーできるので、何度か来場すれば元を取ることができる仕組みだ。2017年に50人限定で売り出してすぐに完売。その後は100人、300人と会員数を増やしていき、22年2月現在は1000人を超える35歳以下の会員数を誇る成功例だ。

施設内のポップにも力が入る

この人気の背景には、SNSの効果があった。U35会員の募集広告をSNS中心で実施しただけでなく、競技志向者に向けた試合形式の「マンスリーツアー」や、U35独自のコンペ「メンバーズカップ」を年に3回開催している。会員数を集めるだけでなく、利用頻度を上げてお得さを実感してもらう取り組み。荒川さんは「U35の会員さんたちがインスタにハッシュタグを付けて投稿してくれるんですよ。すると、SNSで仲良くなった会員さん同士が、入会したときとは別のグループで来てくれるようになったんです」と、SNSを介した新たなコミュニティ作りの効果が施策の成功を後押ししたことに胸を張った。

だが実は、今でこそ手応え十分の「ヒット企画」となったU35も、原点は失敗施策の一つだった。以前に一度「U30」として30歳未満限定で売り出したが、「問い合わせが数件あっただけで会員になってくれた人はゼロでした」(荒川さん)という結果に終わっていたのだ。「対象年齢を引き上げて、料金を見直して、グループ割を導入したらヒットしたんです」。成功と失敗は紙一重。とにかくアイデアを形にし続ける執念で、ようやく「新たなお客様」との関係作りに手ごたえを得たのだ。

ゴルフ場はいまどんな体験を提供すべきか

スタッフの小平晴香さんと鈴木雄大さん(※撮影時のみマスクを外してもらっています)

鹿沼72CCの歴年の試行錯誤を俯瞰してみると、その他の業種では当たり前に実施されているであろう「時代のキャッチアップ」といえる取り組みが多いことに気づく。現在も、100本以上の動画を公開しながらチャンネル登録者数が1000人に満たないYouTubeチャンネルや、スタッフ制服の“シャツ裾出し”カジュアル化など、成功か失敗かの結論を出すにはまだ早い取り組みがいくつも実施されている。

それぞれの詳細を聞いていくと、スタッフの受け止め方に、「ゴルフに関心のない層へのアプローチはいつだって難しいが、1度でも来たことがある人へのアプローチは知恵の絞りようもある」というような分別を感じることができる。物理的に非ゴルファーに近づいていくことができないゴルフ場にとって、従業員一人ひとりのアンテナ感度は重要で、その集合知がコース独自の財産といえるものなのだろう。

そんな試行錯誤の中、鹿沼72CCもほかの多くのゴルフ場と同様に思わぬ形で「新たなお客様」の増加に直面した。人と人の距離にデリケートなコロナ禍で、感染リスクが比較的低いとみられたのか、ゴルフは世界中で注目されるスポーツのひとつとなったのだ。杉山支配人は、「これまでゴルフをしなかった層がゴルフ始めていることを実感する機会も多くなった」と、20年夏以降の利用客数好調の所感を明かした。今こそ、ゴルファーにどんな「体験」を提供できるか? が問われるタイミングといえる。

本格ナポリピザを焼き始める必然性とは

慣れた手つきでピザを作る熊倉徹副料理長

鹿沼72CCが21年11月からスタートしたのは、レストランでの本格ナポリピザの提供だ。コースきってのアイデアマンでもある福島範治社長の鶴の一声で、本場イタリアでも認められる東京の名店に監修を依頼し、レストランの中央に立派なピザオーブンを設置した専用調理ブースを作るほどの注力で、ライブ感あふれるピザ調理を連日ゴルファーの昼食で披露している。

「ピザ生地には触ったこともなかったです。食べたことしかありませんでした」と話すのは、慣れた手つきでビザ生地を練っていた熊倉徹副料理長だ。ノウハウを習得するために東京まで何度も足を運び、失敗に失敗を重ねながら、「ちょこちょこやってると生地が硬くなってしまうので、コツは思いっきり伸ばすことです。手数を少なく思い切ってパンパンパンと。耳の部分はモチモチさせたいので極力触らないように」と語るまでの腕前になり、無事にゴルフ場での本格ナポリピザ提供へと漕ぎつけた。

ざっくばらんに話を聞かせてくれる鹿沼72の面々

このピザプロジェクトでリーダーを務めた小泉明さんは、「お客様に“また”ゴルフ場に足を運んでもらうため」と狙いを話してくれた。初回の集客よりも、再来訪にフォーカスがあるところがポイントだろう。

これまでの一般的なゴルフ場の取り組みは、「若い人に来てもらいたい」という入り口での集客施策に傾倒しすぎ、ひとたび入り口をくぐったら「郷に入っては郷に従え」的に十年一日の価値観で応対することが珍しくなかった。うな重、ステーキ、カツカレーなどの定番メニューが幅を利かしている多くのゴルフ場レストランのメニューは、その象徴にも思える。

ピザはおよそ130秒で焼きあがるという

「上に高く投げて回すのはアメリカのピザで、ローマのピザは棒で伸ばして、ナポリのピザは基本的に手で引っ張って伸ばすんです」と小泉さんは、ナポリピザへのこだわりも強調した。ゴルフ場にしかできず、ゴルフ場側がすべきこととしての「ゴルフ場体験のアップデート」では、これまでの利用者を失望させないためにも、新規のことだからといって要求レベルを下げてはならないのだ。さまざまなコンテンツにあふれ、選択の自由度が高まり、人々の価値観が多様化している時代へのアップデートだからこそ、サービスにはこだわりが必要だった。

対価を得て提供できるレベルのピザを焼けるようになった6人のスタッフが活躍し、本格ナポリピザは販売開始した11月に806枚、翌12月には740枚を無事に売り上げた。忘れてはならないのは、ピザを注文したゴルファーは、なにも若い人たちだけではなかった事実だろう。若者だけでなくすべての利用者の体験をアップデートしたことにこそ、このプロジェクトの価値の本質があると感じた。

杉山辰雄支配人と広報担当の荒川磨理さん(※撮影時のみマスクを外してもらっています)

失敗は成功のもと。思いついたらなんでもやってみる。ダメだったらやめればいいし、小さな問題はその時に考えればいい。でも、何のためにあがくのか?は決してブレさせない。鹿沼72CCからはそんな気概を感じずにいられない。

この日のレストランの席にはシニアとほぼ同数の20~30代とみられる若い客が座っていた。コースでは遠くからミニスカートでお洒落をした、初心者と思われる若い女性の笑い声が何度も聞こえてきた。とかく「ゴルフをする人にとって特別な場所」と考えられがちなゴルフ場も、世間の一部なのだと合点がいく一日の光景。そうでなければ次世代に受け継がれるはずがない、と居心地の良い鹿沼72CCでふと思った。(栃木県鹿沼市/柴田雄平)

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