「アイアンにもボール初速とMOI?」 世界最先端のアイアン開発舞台裏に迫る/大人の社会科見学 in USA ・タイトリスト#4
タイトリストのモノづくりへのこだわり、8月に発売された「Tシリーズアイアン」の開発舞台裏に迫る。今からちょうど一年前、まだTシリーズがプロトタイプだった時期に、アイアンの開発者にインタビューをしていた。その内容をじっくりとお届けしたい。(第4回/社会科見学シリーズ全6回)
アイアン開発にも求められる「ボールスピード」
「GTドライバー」を開発した「R&D」(開発チーム)内には、アイアン開発チームも存在する。今回取材したのは、そのアイアンチームの長であるマーニ・アイネス。前回登場したドライバー部門の長ステファニーが太陽のような明るさで周囲を巻き込むタイプなのに対し、マーニは寡黙で冷静沈着。月のように静かにチームを照らし、「ゴルファーのためのアイアン開発」に真摯に取り組む。
「飛ばしてなんぼ」のドライバーに対し、狙った場所にタテもヨコも(落下角度も!)揃える必要があるアイアン開発には、まさに緻密な設計が欠かせない。マーニは最先端のTシリーズにどのようなアイデアを注入したのだろうか。机の上に置いたアイアンのヘッドパーツを手で操りながら、その重い口を開いた。
「アイアンの開発にあたって、我々は3つの要素を大事にしています。『ボールスピード』、『ランチアングル(打ち出し角)』、そして『バックスピン』。この3要素のオプティマイズ(最適化)でアイアン作りを行っています」。科学者らしく、マーニは数字の話から切り出した。ドライバー開発において「ボールスピード」という言葉は耳にタコができるほど聞くが、アイアンでもそのワードが出てくるとは思わなかった。どの部分に役立っているのだろうか。
「『Distance Control(距離)』、『Dispersion(方向性)』、『Descending(落下角)』の頭文字をとった“3D”が、アイアンで最も大事なことだと考えています。ボール初速は距離にも影響しますし、落下角を確保するのにも必要な要素です。ですから、アイアンにとっても(ボール)スピードは欠かせないんです」。ではドライバーのように初速が速ければ速いほどいいのかというと、「単純にボール初速だけを上げればいいわけではないと」と釘を刺す。ドライバーとは大きく異なり、ランチアングルとバックスピンとのバランスの上での“必要な速さ”を算出しなければならないと言うのだ。
マーニの解説は続く。「ドライバーはGT1、GT2、GT3、GT4といくつか機種がありますが、ワンクラブの中でロフトを変えても CG(重心)位置やMOI(慣性モーメント)は基本的に変わりません。ですが、アイアンは違う。同じ『T100』でも一つひとつの番手に対しての設計が全く異なります。ロフトが変わればCG位置やMOIも調整する。そこにはフェースの厚さやタンクステンの位置、ソール幅など、番手別で大きく特徴が変わります。クラブ一つひとつを非常にユニークに設計しているんです」
番手によって設計が異なるだけでなく、さらに「『T100』と『T150』といったシリーズ間でも設計の意図は大きく変わります」と言う。「例えばこの『T100』と『T150』には、バックフェースにマッスルチャネルがあります。これによってボール初速など先ほど言った3要素の数値を調整しているんです」。マーニの話を聞いていると、開発の可能性は無限大に感じる。そのクラブ、その番手が何を求められて、どこに落とし込むか。まさに緻密な作業が開発者には求められるわけだ。
アイアンにも大事な「MOI」
「Distance(距離)」と「Descending(落下角)」はイメージしやすいが、もう一つの重要な要素、「Dispersion(方向性)」の設計はどのように考えているのだろうか。マーニは、ここでもドライバーの開発においてよく聞く言葉「MOI(慣性モーメント)」を持ち出した。
「オフセンターヒット時の方向性には、MOIが効きます。特に長い番手になるとMOIを上げ、CGを低くすることに最もフォーカスします。ただし、これはメタルウッドと同じで、MOIが大きくてもインパクトでフェースが右を向いてしまえば意味がない。ですからライ角やロフト角が合った状態で、最大限のMOIを備えたヘッドこそが、『狙った場所に飛ばせるヘッド』だと考えています」
では、MOIを上げれば上げるだけ良いのか。その質問をぶつけると、マーニは鋭い目を寄こしてきた。「ショートアイアンなどは基本的に重量があるので、元々MOIがあります。ですから、その要素の重要度は低い。むしろフォーカスはランチアングルに移ります。打ち出し角の安定性、つまり安定して高い球が出るかを重視する。その上でスピンを上げることも視野に入れます」。つまり、アイアンセット内で一律にMOIを上げるわけではないということだ。
そして再び、ロフトとライの重要性を付け加えた。「基本的にはプレーヤーのフェースアングルを、(インパクトで)いかにスクエアに保つかが最大の目標です。そこには当然、ロフトアングル、ライアングルのフィッティングが重要で、中でもインパクト時のライ角は特に意識してほしい」とマーニは力を込めて語った。
ストロングロフト?ナンセンスだ。ロフトがあればあるほどいい
距離を出すならばロフトを立てたほうが良いという考え方もあるが、マーニは「それだけ考えるのはナンセンスだ」と、近年のストロングロフト化の流れに警鐘を鳴らす。
「ロフトはフレンド(友達)です。ロフトはボールを止めてくれる。ロフトが寝た状態でキャリーが出せるなら、できるだけ寝ていたほうが良い。ストロングロフトが全盛になっていますが、ロフトを立てるとボールは止まりませんよ」と、その考えは単純明快。「距離を出す」のと「グリーンで球が止まる」のは相容れない要素であり、落下角を犠牲にするほどの飛距離は必要ないということだ。
「もちろんディスタンスは出ないといけません。しかし、それだけではなく『グリーンにボールを止める』のも同じように重要です。それには高さも出し、スピンを効かせる状態を考える。ロフトを立てるのがトレンドですが、いずれ元に戻るのではないかと考えています」
キャリーも出て高さもスピンも兼ね備えた理想的なアイアンは作れるのだろうか。「そこにはフェースの大きさも関係します」とマーニは開発の裏側を明かす。「ロフトが立つとスピードは出ますが、打ち出しは下がります。つまり、それを下げない工夫が必要です。CGの位置を下げるのも一つの方法ですし、フェースを大きくするのも有効です。フェースが大きいと、インパクトでフェースがたわみやすく、それによってランチアングルが上がります」
さらにマーニは説明を続ける。「フェースが大きいことでボールをキャッチする時間が長くなり、ヘッドが前に進むにつれてインパクトロフトがつきやすい。つまりフェースに乗っている時間が長いことで、球は上がりやすくなります。ただし、フェース上部に当たるとボールがすぐに弾かれて、球は上がりません」。アイアンを上から打てる技術が、やはり最低限必要だということだ。
マーニの言葉を具現化するように、新しい「T250」アイアンには通常モデルのほか、ロフトが寝ている「ロンチスペック」(7Iでロフト35度)が存在する。わざわざ別セットを作るほど、ロフトが重要だと考えているのだ。
「Loft is friend」。
マーニの言葉が胸に響く。
ブレンディングが主流になる
マーニが最後に挙げたテーマは、「非常にチャレンジングな取り組み」であるブレンドセットだ。ブレンドとは、例えば「T100」の短い番手と「T150」の長い番手を組み合わせて、一つのセットとして考える方法である。そもそも各シリーズでも「基本的には1クラブごと異なるため、T100自体がすでにブレンドのようになっている」という状況で、さらなる選択肢が広がるということだ。
「スピードが出せない人や、ロングアイアンでランチアングルを保てない人が多くいました。ブレンドすることで、そうした人たちでも適切な距離のギャップや安定した打ち出しが可能になります。異なるコンストラクション(製品)を組み合わせることで、 ボールスピードとランチアングルを最適化できるのです」とマーニは熱く語った。
理屈は理解できるが、実際に「T100」と「T150」を組み合わせたときに、見た目などで違和感はないのだろうか。「チャレンジングと言ったのはその点です。見た目も仕上げも異なる。その中でブレンドできるものにするにはどうすればいいかを、我々は常に考えています」。そう言って、マーニは机の上にあったT100とT150を見せてきた。「例えばブレードレングス(ヘッド長)も、ほとんど変わらないようにしています。トップラインの寸法が少し違うだけで、この2モデルはほぼ同じです」。T150とT250のブレンドも可能だとマーニは言う。
もちろん見た目を気にしすぎて性能を犠牲にすることはもってのほかだ。「ロングアイアンならトップラインを薄くして CGを下げ、ボール上げやすくしますが、ショートアイアンを同じように薄くすると球が上がり過ぎる。そこで同じルックスを保つために、フェースの厚さを変えるなどの工夫をしています」。一つひとつの番手に細やかな工夫が施されているのだ。
あれだけ寡黙な雰囲気を漂わせていたマーニも、技術的な話になると実に饒舌で、開発への情熱がほとばしっていた。冷静でありながら、中身は熱い男。彼の作り上げたアイアンを使ってみたくなった。(取材・構成/服部謙二郎)