ゴルフ日和

“鉄の街”にゴルフの新風を ~名匠設計の室蘭GCを女性支配人が改革

2022/06/07 11:45
道内有数の工業都市として発展した室蘭市。近年は夜景の名所としても知られる

北海道の中南部に位置する室蘭市は、明治後期から100年続く製鉄の街。近年は川崎市(神奈川)、四日市市(三重)などと並んで工場夜景の名所としても知られるようになった。そんな街の唯一のゴルフ場である室蘭ゴルフ倶楽部が昨年6月、敷地内にグランピング施設をオープンさせた。

決して観光やレジャーに多くの人が訪れるわけではない街で、古い歴史を誇る名門コース。そこにはどこか不釣り合いなグランピングが、新たなゴルフ旅行の魅力を築こうとしている。

鉄の街に根付く名門コース

趣きがあるコース表札が出迎える

室蘭ゴルフ倶楽部は、1929年発足と道内で3番目に古い歴史を持つ。当初のコースは軍による土地収用で移転を余儀なくされ、現在の白鳥コースは1965年に開場した。伴くみこ支配人は、そんな名門コース初の女性支配人。「私も毎回出席できているわけではないのですが、支配人の集まりで女性にお会いしたことはありません」。名簿を見ると他にも数人の女性支配人がいるようだが、道内でも珍しい存在だ。

コースは名匠・井上誠一の設計。全国を回っているという熱心な井上誠一ファンが年に数人は必ず訪れる。しかし、それだけで本州などから多くのゴルファーが足を運んでくれるわけではない。伴くみこ支配人は「新千歳空港に着いた観光客が訪れるのは手前の登別まで。室蘭まで足を伸ばす方は少ないと思います」という。観光の街ではないだけに、旅行客を集めることは簡単ではなかった。

「製鉄の街」らしくボルトをモチーフにしたティマーク

市内の宿泊施設はどうしても出張者向けが中心になる。「ゴルフだけが目当てという方にはビジネスホテルを紹介しますが、多くの場合は登別温泉や洞爺湖温泉をおすすめすることになります」。そんな現状を変えるために出てきたのが、コース内に宿泊施設を作るというアイデアだ。それも単に泊まるだけではなく、特別な体験ができる施設としてグランピングにたどり着いた。

初年度から成功を収めた道内初のグランピング

10番ホールの左側に設置されたグランピング施設

グランピングとはグラマラスとキャンプを合わせた造語。初心者にとって面倒な準備はすべて施設側に委ね、風呂・トイレ完備の快適な環境でリッチに楽しむ新しいキャンプのスタイルだ。道内初となるゴルフ場併設のグランピング施設はオープン当初から大きな話題を集め、昨年は8割を超える稼働率を記録した。

「オープン記念キャンペーンで大幅な値下げをしていたので、そういう数字になったんだと思います。キャンペーンが終わったので稼働率は今年に入って下がっていますが、売り上げはアップしています」。最大でも1日に8人と多くの宿泊客を受け入れられるわけではないが、ゴルフ場の収益向上に大きく寄与しているという。

室内はシックでラグジュアリーな雰囲気に満ちている

準備段階では常連のメンバーから「こんなところに泊まる人がいるの?」という懐疑的な意見も多かったが、開業後の盛況ぶりに反応は一変した。「地元の方から『宿泊はしないけど、バーベキューはしたい』という声をいただいて、新たに食事だけのスペースのオープンに向けて準備しているところです」。魅力は本来のターゲットではない地元のゴルファーにも伝わっている。

新事業開始でもスタッフを増やさない流儀

伴くみこ支配人も自らマルチタスクをこなす

驚くのは、グランピング施設の運営に新たなスタッフを入れていないという点。それどころか、社員の数は以前よりも減少しているという。「全員がマルチタスクでやっています。自分の担当はこれだからと、ひとつのことだけをやっている人はいません。お客さんにとっては全員がゴルフ場のスタッフで担当は関係ありませんから」。支配人自らフロントに立ち、レストランでウエイターを務めることもある。忙しくなることは分かっていたからこそ、人数を増やすことよりも、どんな仕事にも積極的に取り組める人、円滑にコミュニケーションを取れる人にこだわった。

四国のホテルで支配人を務めた経験を生かし、グランピングを担当する小野原努宿泊料飲部長も様々な業務をこなす。「お客様には『どこにでもいるね』と声をかけられます(笑)。キャディの中にコースが雪でクローズになる冬の期間はホテルで働いている方がいて、手が空いているときにはベッドメーキングを手伝ってもらえるので助かっています」。同じスタッフと繰り返し顔を合わせることで、結果的にアットホームな雰囲気を作り出すことにも成功している。

名匠設計&難コースだからこその課題

伴支配人が並行して取り組んでいるのは初心者、特に女性ゴルファーの取り込みだ。「私自身、若いころにゴルフに興味を持ったのですが、きっかけがなくてなかなか始められませんでした」。グランピングのみの利用者には1ホールだけ、練習場だけといった具合にゴルフ体験をすすめており、きっかけ作りに取り組んでいる。しかし、そこでぶつかるのは室蘭ゴルフ倶楽部が超難関コースである事実だ。

数少ないバンカーを効かせたレイアウトは井上誠一設計コースの特徴のひとつ

コースレートはチャンピオンティで73.1。2001年に開催された「日本女子オープン」で優勝した島袋美幸のスコアは14オーバー。女性や初心者、グランピング施設のオープンで増えているカジュアルにゴルフを楽しみたい来場者には、なかなか厳しいセッティングだ。それでも、井上誠一の基本設計を崩すわけにはいかない。ホール間の導線を優先して、入れ替えて使用されていた9、18番を本来の形に戻すなど、伴支配人はむしろ基本設計重視の方針も打ち出している。

国内屈指の難コースを維持したまま、初心者やエンジョイ派のニーズを満たすため、現在は新たなティイングエリアの設置を検討している。「今日はいいスコアが出たと喜んで帰ってもらいたい」との思いから、現状のレギュラーティやレディースティよりも前からプレーすることで、楽しいゴルフの実現を図る。

難度が高い砲台グリーンとバンカーの構成が続く

また、道内では常識のスループレーにもこだわらない。「地元の方でもハーフで食事休憩をしたい、という方が少しずつ増えてきました。基本はスループレーですが、希望があればできる限り対応しています」。伝統は維持しつつ、時代に柔軟に対応する姿勢は、女性支配人ならではかもしれない。

工場夜景の向こうに見えるもの

室蘭の街を見渡せる測量山(標高199.6m)からの工場夜景は日本夜景遺産に選ばれるなど、幻想的な美しさを誇る。夜景好きなら一見の価値のあるものだが、同時にここが工業地帯であることも実感させられる。同じ北海道でも、観光地として人気の札幌や函館の華やかな夜景とはやはり趣が異なるものだ。

歴史あるコースとグランピングが導く未来とは

当初は「そんな場所でグランピング?」という周囲の反応を受けながらも、室蘭ゴルフ倶楽部は改革に踏み切り、それを成功させようとしている。すでに道内の多くのゴルフ場の関係者が施設の見学に訪れており「先を越された」と悔しがる声も出ているという。一人の女性支配人の改革が広がり、グランピングが北海道ゴルフ旅の新定番となる――。無数の光の向こうにそんな未来が見えるような気がした。

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