岩崎亜久竜「鹿児島キャンプ」に密着 朝トレ、定点練、食トレに英会話… ちょっ、ストイック過ぎない!?
松山らトップ選手の共通点「いかに孤独になれるか」 黒宮幹仁が語る最先端コーチング(3)
最近は男子ツアーも女子ツアーも若返りが激しく、それはプロに付き添うコーチも例外ではない。ツアー現場では20代、30代の若いコーチが活躍し始め、数も年々増加傾向にある。その中で今、注目されているのが、昨年から畑岡奈紗や稲見萌寧、松山英樹らビッグネームを教えている黒宮幹仁氏(以下敬称略)だろう。今年コーチとして8年目、31歳になる気鋭の指導者は何を感じ、何に気づいたのか。全3回のコラムの最後はトップ選手に通じる“ある共通点”について語ってもらった。
黒宮が松山にお願いしたこととは?
昨年10月の「ZOZOチャンピオンシップ」に帯同した際、黒宮は松山に一つお願いをしていた。それは黒宮の教え子である岩崎亜久竜と一緒に練習ラウンドをしてもらうこと。岩崎にとって初のPGAツアー、世界のトップランカーと一緒にラウンドできるまたとない機会を、黒宮はおぜん立てしたのだった。
「事前にアグリには話しておいて、英樹の練習ラウンドの時間に合わせて待ってもらっていました。英樹も快く応じてくれて、ハーフだけでしたがアグリには濃密な9ホールだったと思います」
その練習ラウンドの途中、岩崎は松山の練習を食い入るように見ていた。黒宮はコーチとして岩崎に何を感じてほしかったのか。
「世界のトップがこれだけ練習するのを見てほしかったんです。英樹ってハーフだけパッと回っているようでも、めちゃくちゃ時間をかけて練習する。特にグリーン周りで時間をかけ、毎年回るコースでもグリーンを外しそうな場所で必ず打ちます。英樹がどの練習に時間をかけ、試合中のどのシチュエーションを想定して回るのか、チーム内で何を話しているのか、その一連を見るだけでもアグリには勉強になったと思います」
黒宮は普段から教え子たちに練習ラウンドの重要性を説いている。岩崎もその教えが身に染みた一人で、国内ツアーの練習ラウンドは“時間がなさそう”に練習をするが常だ。
「英樹だけでなく他の世界のトップ選手にも共通しますが、(彼らは)練習ラウンドの大切さを分かっています。試合で(ただ)頑張れば好成績が出るなら、PGAクラスのポテンシャルの選手はみんな出せます。その中でもひとつ上にくるのは、練習の質が高い選手。いつもアグリに言うのは『オンがオフでオフがオン』ということ。つまり練習の時に頑張ることが試合で活き(オフがオン)、逆に試合では練習でやったことを淡々とやり切るだけ(オンがオフ)。英樹だけでなく奈紗(畑岡)や萌寧(稲見)も練習へのテンションのかけ方が同じだったので、その考えが間違っていなかったと確信しました」
黒宮によれば、「強い選手はいい意味で流されない」。
「日本人は真面目にやるのが恥ずかしかったり、なれ合いなどもあり、周りに流されて練習ラウンドを適当にやってしまうケースが多い。多くの選手は成績が落ちた時、自分がいるステージの選手と仲良くなって自分を正当化しようとします。でも強い選手は周囲と“つるまない”ですよね」
ただし、「男子ツアーもここから変わると思います」と黒宮は付け加えた。
「今は『ちゃんと準備しなきゃ』と思う選手が成績の上位にきている。アグリみたいにいつも(入念に)準備する選手が昨年は成績が出ましたし、それを世代の近い桂川君(有人)や清水君(大成)らが近くで見ているじゃないですか。だいぶ刺激を受けていると思いますよ」
3人同時に教えたことで見えたもの
思えば黒宮が昨年指導にあたった松山、畑岡、稲見は、3人とも「東京五輪」に出場した。五輪代表選手など1人だけ教えるのも大変に思えるが、それを同時に教える難しさは想像の域を超えてしまう。
「昨年は一年間通して走りっぱなしだったので正直しんどかったです。でも、3人同時に接することができたのはすごく良かったなと思っています」と黒宮。
「3人とも常にギャラリーに囲まれ、どこに行っても声をかけられます。取材も多く、いつも成績を出すように求められ、プレッシャーも大きい。その状況下で、成績を出すためにどんな練習をするのか、試合会場でどんな一日を過ごすのか、ゴルフ場を離れてどうしているのか、それらを間近で見られたのは大きかったです」
では、そこで見つけた3人の共通点はいったい何だったのか? 黒宮はそのキーワードに「孤独」の二文字を挙げた。
「3人ともとにかく孤独。普通、人間って孤独を嫌がるじゃないですか。でも3人は孤独な状態を“あえて”作ってすらいた。その場から逃げもせず、惜しみなく時間を使ってスキルアップを図る。彼らは数々の成功を収めていますが、成功したその先がさらに険しく、その成功の継続も難しいのが分かっている。となると簡易的な練習では上にとどまれないから、自分に負荷になる“嫌なこと”もやらなければならないんです」
「そうなると次に何をするかわかります?」と黒宮は質問をぶつけてきた。
「強い選手は私生活を削ってくるんです。日常生活のゴルフ以外のこともベクトルをゴルフに向けようとする。例えば体作りのためお酒を断つのもひとつ。好きなチョコレートを控えるのもひとつ。彼氏、彼女と会う時間を減らすのもひとつ。ひとつひとつは細かいことかもしれませんが、意外とそれをやり切れる選手は少ない。3人を見ているとベクトルが常にゴルフに向かっていると感じますし、とにかくゴルフのことばかり考えているので、質問量が多いのも共通しています」
黒宮は福井工大ゴルフ部の学生も教えており、活躍する選手とそうでない選手の差が「私生活を削れるかどうか」と感じているという。
「毎年シーズンオフになると、学生たちに短期と長期の目標とその達成するための手段を書かせています。達成できていればそのまま続け、できなかったら細分化してやり方を再構築させる。だいたいの選手が時間内に”やり方”を書ききれないのですが、なぜかというと、それを明確に書くと自分の私生活を削る必要が出てくるからです。つまり自分に負荷がかかることはみんな”書きたくない”。それでも書いてくる選手は、やはり上のステージに行きますよ」
コーチは常にそばにいなくてもいい
では、その中での「コーチの役割」はどこにあると黒宮は考えるのか。
「究極を言うと誰に習うかは重要でなく、結局は本人が『やれるかやれないか』なので、我々コーチはチアリーディングに過ぎないと思っています。8年間やってわかりましたが、連絡が少ない選手ほどいい成績が出る。つまり自分で常に課題をクリアし、調子が悪い時も自分で整理して戦えるということ。我々は毎週試合会場にいなくてもよくて、実際はスイング、トレーニング、ギアで何かの変化を加えたい時に必要な存在。もしくはオフに付き添って長期的な段取りをまとめる役割だと思います。その際はトレーナーやクラブメーカーの人と話して、スイングとトレーニングをつなげたり、ギアの相談をしたり、1年間のプランを考える必要があります」
新しい選手を教えるときも、「最初にやるのはレッスンではなく、選手と一緒に目標を設定し、目標に対してのスケジュールを作ること」と黒宮は言う。
「それは英樹や、奈紗、萌寧らトップ3選手も、アグリや福井工大の学生たちも、やっていることは一緒。戦うステージが異なるので目標設定と課題が違いますが、作業工程としては同じ。ただ、学生たちは経験値がないので、コーチのマリオネットにならないよう自立を促します」
デジタルとアナログの配分はいくつ?
最後に黒宮は、「コーチングもデジタル化が進んでいますが、やはりアナログの感覚を選手に失わせてはいけない」と指摘した。
「選手たちは、数字じゃ測れないものをコースで感じてきます。気温、湿度、風、ライ、体の状態、同伴競技者のプレースタイル、誰にバッグを担いでもらったかまで含め、それを加味して一打に集中する。これはデジタルで測れないですよ。逆に言うとデジタルだけでは勝てない。それは、3人と一緒にやってみて分かったことです」
現に稲見などはスイングを計測するような機材は極力使いたがらないという。
「一度パターの計測をしようと、シャフトに小さな機材をつけてもらったのですが、『シャフトに重さが加わるから私の感覚も変わる。リアルなデータじゃない』(稲見)と、測るのを嫌がったんです」
試合と違う状況でパターを打っても、その数値は何の意味もなさないという解釈だ。
「アナログベースの選手に、そこに僕のようなデジタル機器も使うようなコーチがついてデジタルの整理、数字の整理が入り、今はうまくバランスがとれていると思います。実際にその“デジ・アナ”の配分がどれぐらいがいいか、今のやり方で本当にいいかどうかは現時点では分からない。3、4年後にその答えが出るのではと思っています」
コーチを始めてから8年間、黒宮は後ろを振り返ることなく走り続けてきた。そして日本のトップ選手を教えることになり、新境地で彼がつかみかけているものは何か。黒宮の忙しい一年がまたスタートする。(聞き手・構成/服部謙二郎)
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