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ダンロップ特集
2022/12/21

ツアーレップが見た松山英樹が「スリクソン」で快挙達成するまで

連載:勝利へと導くギア開発に懸ける情熱
ダンロップツアーレップ 宮野氏インタビュー1 松山英樹のサポートも担当する住友ゴム工業のツアーレップ担当の宮野敏一(撮影:落合隆仁)
松山英樹のサポートも担当する住友ゴム工業のツアーレップ担当の宮野敏一(撮影:落合隆仁)

テレビ画面の向こうの光景を、現実と捉えるまでには少し時間がかかった――。

2021年4月、日本は新しい週の朝を迎えていた。「いまだに信じられないような気持ち。本当に…こんなことがあるのかなって」。松山英樹が母国に初めて男子メジャータイトルをもたらした「マスターズ」。抱えてきた思いは、涙になってあふれ出た。

プロゴルフを支える多くのスタッフの中に、“ツアーレップ”と呼ばれる人々がいる。日本全国、世界各国で行われるゴルフトーナメントに足を運び、プレーヤーに自社メーカーのクラブやボールを供給したり、会場内で調整したりする“職人”たちのことだ。住友ゴム工業(ダンロップ)の宮野敏一(敬称略、以下同)は、米カリフォルニア州を拠点としてPGAツアーを中心に契約プロに帯同。中でも松山のサポートには格別に多くの時間を割いてきた。

“商売敵”の頃から高い信頼を得てツアー帯同へ

ダンロップツアーレップ 宮野氏インタビュー1 元々は外資系競合メーカーのツアーレップをしており、ツアー現場で松山と交流があった(撮影:落合隆仁)
元々は外資系競合メーカーのツアーレップをしており、ツアー現場で松山と交流があった(撮影:落合隆仁)

ダンロップと松山のつながりはアマチュア時代に始まり、2013年のプロ転向から変わらず用具使用契約を結んでいる。ただ振り返れば、両者の関係性には一時期、センシティブな時間が流れていた。2016年秋、松山はドライバーを他社メーカーのモデルにスイッチし、直後の世界選手権や国内外の大会で勝利を重ねた。

宮野は当時、外資系競合メーカーのツアーレップだった。いわばダンロップの“商売敵”である。「日本一のゴルファーが(クラブ選択で)困っている状態はどう考えても良くない。そこは同じ日本人として、何かお手伝いできることがあればと思っていました」と日米を往復。クラブの受け渡しを繰り返すうち、松山から高い信頼を得るようになった。

2020年1月、住友ゴム工業に請われる形で入社を決めた。「松山プロが自社のドライバーを使わなければ、会社として彼を広告のポスターに起用しづらいこともあります。そういうのを見て、ゴルフ業界として、子供たちのゴルフに出会うチャンスを逃しているような気がしていました。 それに私自身、向こうに腰を据えたら違う景色が見られるかなとも考えました」。かくして居住地を米国に移し、PGAツアーでの帯同が始まった。

使いたい14本の提供から現状把握を試みる

ダンロップツアーレップ 宮野氏インタビュー1 「まずはプロが使いたい14本でパフォーマンスを上げること」がツアーレップとしての役目である(撮影:落合隆仁)
「まずはプロが使いたい14本でパフォーマンスを上げること」がツアーレップとしての役目である(撮影:落合隆仁)

そうは言っても、担当者が変われば松山がダンロップのドライバーをすぐに握り直すかというほど話は簡単ではない。宮野はそれから数カ月の間、現状把握に努めた。「プロが使いたい14本で、プレーのパフォーマンスを上げること。まずはクラブと、彼のことを知ること」から始めた。

松山が自身のゲームの根幹である『スリクソン』のアイアン、『クリーブランド』のウェッジには絶大な信頼を置いているのは明らかであり、前職から身をもって知っていたことでもある。「そこは他メーカーが付け入る“隙”のスの字もない。日本の鉄モノの文化はレベルが高く、ダンロップの開発チームも新しいことにトライしていました」

問題はやはりドライバーにある。だが同じ頃、水面下で手渡していた、のちの『スリクソンZX』シリーズには希望を見いだせた。「ここ15年、20年にわたってドライバーにはルールで規制が次々と追加されています。(松山が使用していた)米国メーカーは対応が早く、飛距離アップを先駆けて実現していました。ただし、松山プロはそういったドライバーのスピン量の低さに悩んでいたのですが、開発時に渡していた『ZX』は適度にスピンが入り、彼の頭にある軌道が安定して描けていたのです」

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