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全米プロ王者ブルックス・ケプカ ドライバー選びの基準とは? /駐在レップの米ツアー東奔西走Vol.2

プロゴルフツアーの現場で働くメーカーの用具担当者(通称:ツアーレップ)をご存じだろうか? 住友ゴム工業(ダンロップ)の宮野敏一(みやの・としかず)氏は松山英樹畑岡奈紗ら契約選手をサポートするべく、2020年より駐在先の米国で試合会場に足を運んでは、クラブの調整を図る。米国を奔走するゴルフギアのプロが現地からとっておきの情報をお届けする。

◇ ◇ ◇

マスターズ直前の“ドタバタ”

普段は松山英樹プロをメインで担当していますが、他の契約選手のサポートもできる限り対応しています。その中でも2年前よりクラブ契約をしているブルックス・ケプカ選手と一緒に仕事ができることは、僕にとって非常に貴重な経験です。メジャークラスの選手がクラブに対してどのような考えを持っているか、普段なかなか知ることはできないですからね。LIVゴルフ(以下LIV)に移籍したあとも、時間を見つけてはクラブサポートのために試合会場へ足を運んできました。

前週「全米プロゴルフ選手権」で大会3勝目を飾ったばかりのケプカ選手。今回は彼が優勝争いの末に2位となった4月「マスターズ」直前の話がメーンとなります。

昨年の夏に「ドライバーの調子が悪い」という連絡を受け、彼の地元フロリダまでツアーバンを出して大掛かりなフィッティングを行いました。彼がドライバーに求めるのは、飛距離も当然ですが、それ以上に「イメージする弾道が出るかどうか」を重視しています。クラブにスイングを合わせるのではなく、自分の取り組むスイングにクラブを合わせるということ。当たり前のことかもしれないですが、意外とみんな“クラブありき”になりやすい。一方で松山プロもそうですが、世界のトップランカーはこの順番がブレない気がします。

そのため、我々レップは選手のスイングを知ることがとても重要です。選手と話すのはもちろん、スイングコーチや関係者にも話を聞きます。ケプカ選手のフィッティングを行う場合は、クロード・ハーモン・コーチ(父親は名伯楽のブッチ・ハーモンさん)や、彼を長年見てきたピート・コーウェン・コーチ(今はショートゲームのみ)とも話をします。どんな些細なことでもいいから、クラブ作りのヒントになることを探るのです。その夏はヘッド前後の重心位置調整が上手くいき、他社ドライバーから「ZX7 MkII」に移行しました。

その後、3月末にまたドライバーに不調の波が来て、LIVの試合が行われていたオーランド(フロリダ州)に駆け付けました。以前からスイングも変わり、やさしめなヘッドのリクエストがあったこともあって、「ZX5 MkII LS」のハイロフト(10.5度)をチョイス。結果的にスイングと弾道がうまくマッチし、その試合で優勝することができました。アイアンも絶好調でしたし、「これはマスターズでもいい試合ができそうだな」と思ったほど。ただ、僕の中ではまだドライバーの最終的な答えは出ていませんでした。本人は「出ているミスは自分の打ち損じ。クラブは悪くないよ」と言ってくれましたが、実際にコースでは左につかまりすぎる球とプッシュスライスの逆球が出ていましたから。

「マスターズに向けて早く次の手を打たないと」。オーガスタへ向かう車中でいろいろと思考を巡らせました。

開幕前日にドライバーを変更

そして迎えたマスターズウィーク。月曜の練習ラウンドでは案の定、ドライバーの球が散らばっていました。「じゃあ、とりあえず明日の朝ね」と宿題を渡された形でケプカ選手と別れ、ツアーバンに戻って急ピッチで試作品を作りました。木曜日の朝まで続く“ドタバタ劇”の始まりです。

火曜の朝、練習場でのチームの雰囲気はお世辞にも良いとは言えませんでした。メジャー開幕直前にドライバーが決まっていないわけですからね。ケプカ選手もずっと不満そうで、キャディやクロード氏との会話はゼロ。その日はロリー・マキロイ選手と練習ラウンドを回る予定があり、なおさら気合が入っていたこともありました。

練習場に現れたマキロイ選手と「今日は勝負しよう」と話しながら、ケプカ選手は「パンダ(※編集部注:パンダは宮野氏の愛称)がスピンを抑えてくれないと勝てないなぁ」とこちらを見てきます。もう、ヘビに睨まれたカエル状態ですよね。この時は試作品のドライバーから少し良くなったかなという1本が見つかり、「これで行ってくるよ」と練習ラウンドに持っていきました。

実はその練習ラウンドはマキロイ選手よりも飛ぶゴードン・サージェント選手というアマチュアも一緒になり、飛距離世界1、2位のバケモノたちと回ることになりました。ケプカ選手の15yd先にマキロイ選手、さらにその15yd先にゴードン選手がいるわけです。練習ラウンドから戻ってくるやいなや、「飛ばない気がする」と言い始めました(笑)。とはいえ、僕の中でもしっくりとは来ていなかったので、火曜の夕方に再びほかの案も用意してヘッドを持っていったんです。その場で球を打ち込んだものの結論は出ず、また水曜日に持ち越し。「マスターズ直前になにをやっているんだろう…」。いよいよ、残すところあと一日になってしまいました。

セオリー度外視の“奇策”が的中

「もう、細かくちょろちょろとやっていてもダメだな」。火曜の夜、開き直りたい気持ちもあって神戸本社のクラブ開発陣に電話をかけて意見をもらいました。そのうえで自分で情報を整理し、大胆な奇策を思いついたんです。「セオリー度外視でちょっと思い切ったことをしてみよう」。モデルはLIVで勝ったときと同じ「ZX5 MkII LS」のロフト10.5度でした。

水曜の朝、その“奇策品”をケプカ選手のところに持っていきました。自分の考えも全て説明しました。2、3球打った後に何か言われるかなと思いましたが、本人はヘッドを眺めて「フーン」と。そのまましばらく打ち続け、見た目の弾道は明らかに良い方向へ動いていたので、「潮目が変わったかな」という感覚もありました。

ドライバーを打ち終わるとコチラを振り返り、「これいいよ、パンダ」とグータッチ。朝から緊張しっぱなしだったこともあり、あれはうれしかったですね。他にあと2種類のヘッド(こちらはそこまで奇策ではありません)を用意していたのですが、本人から「もう打たなくていい」と。実際に試した1本だけを持ち、前日まで打っていたヘッドも置いて練習ラウンドへ向かいました。

「スイング >クラブ」がブレないこと

マスターズ開幕前日の朝までフィッティングするなんて、後がない状況ですから久しぶりにしびれましたね。その「奇策」がメチャクチャいいのかと言われれば、「マスターズには良かった」という限定的なモノだと思っています。この時は残りの時間で最高の飛距離を見つけるのは難しいと判断し、「飛ばし」は諦めたのです。その上で何が必要かを思い直して、「とりあえず彼がやりたいスイングをしっかりとさせてあげれば、結果的に良い作用が起きるだろう」と、スイングを邪魔しないクラブを目指しました。

“ぶっ飛び”ではないですが、あのコースにはハマった。フェードヒッターがオーガスタでプレーしやすい、「コントロールしたフェードが打ちやすいヘッド」でした。改めて「『スイング>クラブ』が重要であって、そこはブレちゃいけない」と思いましたね。初日のビッグスコア(7アンダー)を見て、「間に合って良かった…」と胸をなでおろしました。

「フェードが打ちやすい奇策」の中身は企業秘密ですが、スイングとの関係をひとつ説明するとしたら、「ダウンブローに打ちたい選手が気持ちよくダウンブローに打てる重心位置のヘッド」ということ。とりあえずマスターズに間に合わせるという目的でしたから、彼の理想に対しての根本的な解決策ではありません。今後もスイングの変化に合わせた対応が必要だと思っています。

ただ、今回の全米プロ開幕前にケプカ選手と話したときに「ドライバー、メチャクチャいいよ」と言ってくれて、結局マスターズと同じヘッドでいきました。全米プロはドライバーのスタッツも良かったですし、最終的にメジャータイトルという大きな結果が出てくれて、僕もひと安心しています。

今回のケプカ選手とのやり取りは、松山選手とは違うアプローチだったので新鮮でした。松山選手へのフィッティングで生きることもあると思いますし、たまには目線を変えることも必要だなと。今回やったような奇策は松山選手にはハマらないとは思いますが、いつかどこかで役に立つ日が来るかもしれませんね。

マスターズの練習場で、ケプカ選手は僕の顔を見ると決まって「PANDA」(パンダ)というアメリカで流行っている歌を歌っていました。「パンダ、パンダ、パンダ~♪」。その歌のフレーズが頭からこびりついて離れません。

関連リンク

ツアー現場からの情報報告では動画や画像を織り交ぜて松山の表情も伝えるようにした(撮影:村上航)

宮野敏一氏 プロフィール

宮野敏一(みやのとしかず)。2020年からRoger Clevelanad Golf Company,Inc./駐米プロ担当としてハンティントンビーチに赴任。PGAツアーやLPGAに通い、選手のクラブアッセンブル、フィッティングを行う。レップ仲間からは“PANDA(パンダ)”の愛称で親しまれている。

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