オーガスタ、ベイヒル、リビエラ…「対コース」の道具選び/駐在レップの米ツアー東奔西走Vol.6
ハワイの2連戦 みな「休みボケ」を解消
年が明けると、マウイ島の「ザ・セントリー」から新シーズンの試合が始まります。ハワイにはツアーバン(トレーラー)を出せないので、クラブの組み立てもあまりできません。続くハワイ島の「ソニーオープン」も一緒。緊急でクラブの組み立てをできる場所はありますが、そこも満足できるものではない。テーラーメイドやキャロウェイの新製品のお披露目で練習場もワチャワチャしていますし、正直この2試合に関しては、なかなか思うように仕事ができません。
現場ではクラブを組み立てづらいので、僕の場合はある程度予想されることを考えて、日本でクラブを作ってからハワイに持っていくケースがほとんど。松山プロでいえば、新作のフェアウェイウッドなどを試したいはずなので、もちろんその手のものは手配しておきます。ですが、気合を入れて新製品をテストする場でもない。他のレップもみんな休み明けで少しのんびり。正直「仕事慣らし」的な雰囲気はあります(笑)。
コース対策に関していえば、「ソニーオープン」のワイアラエCCはドロー優利。ですから“ドロー対策”を意識したクラブを準備しておきます。新製品の3番ウッドを試すときも、「ドロー」を念頭に入れてクラブを組み立てています。
西海岸シリーズ 「トリーパインズ」でいきなり全力投球
ハワイから本土に移動してきて、「ファーマーズインシュランスオープン」の試合会場であるトリーパインズGCが待ち構えています。コースの長さはツアー最長ではないものの、総距離が7765ydあり、ラフもやっかい。“実質最長”の雰囲気があり、「いきなり食べ応えあるやつがガツンとくる」イメージです。
ですからこの試合に向けては、14本全てのアイテムに対して全力投球。ドライバーも飛んで曲がらないモノを持たなきゃいけませんし、スプーンもクリークもロングゲームが念頭にあります。昔はタイガー・ウッズもこの試合からシーズンをスタートすることが多かった。松山プロもいつもトリーパインズからギアが一段階上がります。
予選ラウンドはサウスコースとノースコースを1日ずつ回るので、選手たちは練習ラウンドも2コース回らなければいけません。ですから練習日はどこかバタバタと慌ただしく、落ち着いて練習する時間はない。僕も現場で慌てないようにと、ハワイから帰ってきた1週間の間でしっかりと準備をしておきます。ハワイで松山プロから依頼された宿題をやりながら、自分のアイデアでトリーパインズに向けたクラブや試してもらいたいモノを作っていく。新しいクラブをがっつりと試す意味でも、モンスターコースと対峙(たいじ)するクラブ調整の意味でも、我々レップの“真の開幕戦”はトリーパインズなんです。選手もこの試合でスイッチが入りますが、我々も腕まくりして会場に乗り込みます。
一方では、ここからようやく“本土の芝”との戦いになります。西海岸シリーズはいわゆる「キクユ芝」(主にラフ)と「ポアナ芝」(主にグリーン)への対応が必須。トリーパインズやその後に続く「ザ・ジェネシス招待」のリビエラCCは、ラフに行くとキクユ芝が待ち受けています。ボールが浮いていたとしても、ボールの下の芝が強くて芝が切れないケースがあり、時にはチーピンみたいな球が出ることもある。マックス・ホマやザンダー・シャウフェレといった地元カリフォルニア出身のトップ選手も、ウェッジに関しては西海岸専用の芝の抵抗が少ないバウンスに替えています。
松山プロはというと、西海岸だからといって特にウェッジは替えません。彼はあくまでマスターズを見据えていて、ウェッジは「なるべく難しいところ(オーガスタ)にフィットした状態」で、どのコースも戦います。他のプロより難しい(であろう)ウェッジで、今年も西海岸シリーズでチップインを量産していましたから、彼の技術の高さにはほんと脱帽ですよね。
西海岸の中でも特にリビエラのキクユ芝は“やばい”と評判。ドライバーはフェアウェイキープが必須です。ティショットの精度がどこのコースよりも大切になります。選手の練習ラウンドの様子を見て、その週のミスの傾向をチェックし、「常に準備をしておくこと」も我々レップの仕事のひとつなんです。
グリーンに関しても、目の強いポアナ芝ということで、ファーマーズからジェネシスまではパターを替える選手は多くいます。いつもよりは「ちょっと転がりがいいやつ」を求めて、マレットパターなどやさしいパターに振るケースが多い。普段はピン型しか使わない松山プロも、昨年のリビエラではマレットパターを試していました。
トリーパインズとリビエラの間にある「フェニックスオープン」の会場・TPCスコッツデールは、グリーンがめちゃめちゃ硬いことで有名です。ですから、松山プロがなるべく新鮮なウェッジの溝で臨めるように、例年画策しています。通常であれば開幕戦の「ザ・セントリー」から新しいウェッジを入れるので、ちょうどこの辺りで2本目に替えるいい頃合いでもあります。ただし、前回も話しましたがウェッジの替え時というものも難しい。ですから、いつでも松山プロが“その気になる”ように、新しいウェッジも用意はしておきます。いいウェッジが手元に来たら、それこそこの試合に合わせてなるべくキープしておくんです。
東海岸シリーズは「池」との戦い
フロリダシリーズが始まると、“池”が存在感を出してきます。「アーノルド・パーマー招待」のベイヒル、「コグニザントクラシック」(旧ホンダクラシック)のPGAナショナル、「ザ・プレーヤーズ選手権」のTPCソーグラスなど、池が絡む名物ホールも多く、どれも距離があってタフな歯応えのあるコースが続きます。プレッシャーのかかるショットも多く、ティショットも勇気を持って打たなければなりません。ですからクラブに関しては、ある程度この辺までには“落ち着いていてほしい”。どのコースも、信頼できるクラブでないとスコアを出させてはくれません。
フロリダシリーズまで来ると、ようやく暖かい気候でゴルフができます。3月でも基本的には半袖でプレーができ、しっかり振れるしクラブスピードも出せる。選手によっては、暖かいフロリダに行くまでクラブのテストをしたくないという人もいるほどですからね。
一方でフロリダはまた芝もガラッとかわり、バミューダ芝が存在感を出してきます。バミューダは西海岸の芝に比べたらちょっとスカスカではありますが、ボールが中に入ると飛ばない。松山プロはフロリダのゴルフ場でよく練習していることもあり、バミューダに慣れています。バミューダのラフから距離感を出すの、本当にうまいですよ。
マスターズが終わった瞬間に翌年マスターズの準備が始まる
そして4月の頭にマスターズがやってきます。まさに前半戦の山場といえますが、オーガスタGCは実はレップの仕事がとてもやりづらい。ツアーバンはコースの中に入れず、クラブハウス前のワシントン通りを挟んだ向かいの駐車場にバンを停め、そこでみなクラブを組み立てます。さらには組み立てたクラブをコースに持って入れない決まりもあり、コース内にクラブを持ちこむ場合は、オーガスタの関係者に頼むしかないんです。携帯電話も持ち込めないので、選手と連絡を取ることもままならず、選手がコースに出てしまうと、もうどこにいるのか探すのも難しい。
また打撃レンジも選手1人につき2人しかつけないので(だいたいキャディとコーチ)、練習場にも入りづらい。マスターズはツアーレップ泣かせの一週間です。とはいえ、オーガスタに来る前にクラブは決まっている選手がほとんど。松山プロもここまでにほぼクラブを決めて、オーガスタに乗り込みたいと考えています。
松山プロの普段のクラブ選びは「全てがマスターズのため」と言っても過言ではありません。特に年が明けてからはずーっとこの4月頭の大会が照準にあります。クラブだけでなく、ボール、シューズなどを含めて、試合で使うモノは少なくともマスターズの1カ月以上前には体になじませようとしています。全てのギアを万全にした状態で大一番に臨みたいと考えているわけです。
実際、松山プロは「これはマスターズに向けてやってください」と口に出すわけじゃない。ですから初めて彼に帯同した年は、そこに気づかないことが多かった。あるときマスターズの2カ月前ぐらいの試合で急に4番アイアンを頼まれたことがあって、「なんでこの試合で4番アイアン?」って思ったことがあるんです。しばらくして気づきましたが、その時点でマスターズまであと4試合しかなかった。オーガスタで使いたい4番アイアンを、試合で試しておきたかったんですね。
マスターズに対する彼の思い入れが次第に分かってくると、「あ、これはオーガスタに対して言っているんだろうな」と分かるケースが増えてくる。松山プロがマスターズに優勝する前は、それこそ終わった直後の5月から、すでに次の年のマスターズに向けたクラブをリクエストしていました。つまり彼は年間を通して常にジョージア州の外れにあるコースのことを考えているんですね。
もちろんオーガスタは「ドロー有利」が前提。ティショットでしっかりドローを打ちたいホールは多いので、そのあたりも考慮した上でのクラブ選びになります。スプーンもしっかり飛ぶだけじゃなくて、止めることもできるものが欲しい。さらに「止められる4番アイアン」も欲しい。アイアンも点で打たなければいけないので、「ロングゲームで止める要素」がかなり重要になってきます。
同時にグリーンからこぼれることを想定して、ウェッジはちゃんとスピンが利く状態にしておきたい。マスターズまでになるべくウェッジの溝をフレッシュにして、かつ手になじんだ状態で迎えさせたいんです。そう考えるとマスターズ前週のテキサスの試合「バレロテキサスオープン」で、新品のウェッジを投入できるといい流れになるんですよね。今年はそのバレロで“無事に”新しい溝にスイッチできました。
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気づけばもうオーガスタの季節がやってきました。松山プロにとってはこれで13回目の出場になります。何度も現地で見ていますが、オーガスタにいる松山プロの思考や身体、スイングなどは毎年異なります。今年は2月に2年ぶりの優勝を果たしましたし、その後もプレーヤーズ選手権でトップ10に入るなど非常にいい流れでオーガスタに乗り込むことができます。充実した一週間を過ごせるように、チーム松山のサポートメンバーとともに、“今の松山プロ”へ最善の準備をしていきたいと思います。(取材・構成/服部謙二郎)
■ 宮野敏一氏 プロフィール
宮野敏一(みやのとしかず)。2020年からRoger Clevelanad Golf Company,Inc./駐米プロ担当としてハンティントンビーチに赴任。PGAツアーやLPGAに通い、選手のクラブアッセンブル、フィッティングを行う。レップ仲間からは“PANDA(パンダ)”の愛称で親しまれている。