誰のために“初心者向け”キャディ付きプランはあるか?~南茂原CC
他のスポーツに比べ「敷居が高い」と思われがちなゴルフ。いまだにエラい人たちの高級接待というイメージがあるだけでなく、道具、服装、練習や交通手段など、ゴルフ場に到達する以前にたくさんのハードルがある。それらを乗り越えゴルフ場までたどり着いても「マナーやルールがよく分からなくて怒られそう」、「上手くないから迷惑をかけてしまいそう」といった不安がつきまとう。
一気に全部は無理だとしても…せめてゴルフ場での体験からはネガティブイメージを払しょくしたいと、千葉県の南茂原カントリークラブが「初心者向けのキャディ付き優待プラン」を打ち出したのはおおよそ2年前。営業課の木原直樹さん(34)は「若年層かつ初心者ゴルファーのハードルを少しでも下げたいと思い、何か応援できないかなという発想から生まれたプラン」と当時を振り返ってくれた。
初心者向けのキャディ付き優待プラン
キャディ付きのラウンドを優待価格でプレーできるというシンプルな内容で、さらに5個のロストボールが付いている。コンペ客と年配ゴルファーがメインの客層だった南茂原CCには、27人の経験豊富なハウスキャディがいて、それまでも予約時にキャディ付きとセルフプレーを選択できた。ただ、キャディマスターの本越純一郎さん(44)によると「若い方はネットでの予約の際に安いプランから見ていくことが多いので、なかなかキャディ付きプランを予約してもらえない」という課題があった。優待価格かつ「初心者向け」とすることで、ネットからの予約者の目に留まりやすくしたのだ。
ルールやマナーを教えてくれる経験豊富なキャディがついていれば、初心者の心配事は減って、ゴルフ場へ向く足は少し軽くなるかもしれない。料金が理由で、キャディ付きプレーの心強さを知ることなく、プレーのハードルが高くなり、誰もが通る初心者の関門をくぐり抜けられないのだとしたら残念すぎる。
優待プランをスタートした直後の2020年早々に世界的なコロナ禍となり、「自然に若年層や初心者が増えてきている」(木原さん)ため、実際のところ、このプランが集客効果を発揮したのかどうか?は誰にも確認できない。それでも、「初心者が増えてきている」という現実は確かにある。
初心者の増加であらためて分かったこと
来場するゴルファーと向き合い、日々の些細な変化から世の中の流れを肌身に感じているのがハウスキャディたちだ。関美幸さんは「ティアップする場所や、グリーンでマークをどこにするかわからない人もいます」といい、秦紀子さんは「ボールはレンタルできますかと言ってきた方がいました」と笑い、鈴木由貴さんは「グリーンで足を引きずってしまったり、バンカーをならすことを知らなかったり」と、実際に直面した“初心者あるある”を明かす。中には「先輩から『グリーン上は神聖な場所だから土足厳禁だ』とそそのかされて、実際に靴を脱いだ人もいたんです」と、冗談のようなエピソードもある。
やや大げさな話はあるにせよ、「そのぐらいゴルフを知らない人でもウェルカム」(秦さん)という空気感が南茂原CCのスタッフにはある。そんな状況を作っていることも、ゴルフ場の意志としてこの優待プランをスタートした一つの効果といえるだろう。
もう一つはっきりと分かったのは、そういった初心者ゴルファーが自ら予約して来ているわけではないという事実だ。いつだって初心者を連れてくるのは中上級者ゴルファーで、初心者だけのグループで来場する客は皆無に等しい。27年間にわたって南茂原CCで働く秦さんも「たしかに、これまでに初心者だけのお客様というのは、ついた経験がないかもしれないですね」と気が付いた。
誰のため? キャディ付きプランの意義とは
「セルフプレーだと、中上級者も自分のプレーで手一杯になってしまい、初心者が放置されてしまうことも多い」と指摘するのはキャディマスターの本越さんだ。ゴルフの魅力を知り、のめり込んでいる人ほど、連れてきた初心者に「ゴルフを続けてもらいたい」、「ゴルフを好きになってもらいたい」と思うが、実際には面倒を見切れないことも多い事実。そんな見落とされがちなギャップにこそ『初心者応援キャディ付き優待プラン』の需要はあるのかもしれない。
本越さんはいま、「コロナ禍で、このプランの意義が変わってきたかもしれないです。『初心者集まれ~』ではなく、初心者を連れて行く人に、ぜひ申し込んでほしいプラン」と考えている。初心者向けではなく、実は中上級者向けの優待プランとして意味があるという視点の変更だ。パット数が多いのはその1打前のアプローチやアイアンショットに難があるから、ゴールキーパーの失点が多いのはディフェンダーに難があるから、社員にやる気がないのは管理職に難があるから、といった具合に…。
あえて“ルールを守らないゴルフ”
肝心の優待プランでのラウンドはどんな様子だろう? 南茂原CCのキャディは初心者にゴルフを楽しんでもらい、気持ちよく帰ってもらうために、あえて“ルールを守らないゴルフ”を推奨しているという。秦さんは「私たちキャディ仲間でプレーするときは 600インチプレースOKなんです」と実例を挙げて説明してくれた。ゴルフを何度かプレーした人であれば、「6インチプレース」という言葉は聞いたことがあるだろう。ライ(地面の状態)が良くないときなど、ペナルティなしでボールを6インチ(15.24㎝)動かせる救済措置で、公式ルールではないが、コース保護やプレー進行を円滑にするためによく用いられるローカルルールだ。「600インチプレース」となると約15m動かせることになる。
関さんは「試合じゃないので、それぐらい自由な楽しみ方をしてほしい。初心者に正規のルールを強要したら、ゴルフが面白くなくなってしまう」と話し、実際にバンカーで脱出に苦しんでいる客には、同伴の中上級者に相談した上で「手で出してもいいですよ」と声をかける。林の中に入ってしまったら「打ちやすい所に出しましょう」と、速やかで快適なプレー進行の手助けをする。
中には初ラウンドの人に「ガチガチのルール」に沿ってプレーさせようとする中上級者もいる。そんなとき秦さんは、進行の遅れを見定めつつ、「初心者の方にこれからもゴルフを楽しく続けてもらうため、お連れ様にアドバイスをさせていただくことはあります」という。あくまで、ゴルフ場で初心者の笑顔を数限りなく見てきた熟練のキャディだからできる提案。誰でもハマる過程には「うまくいった」という成功体験が必要だし、経験が少ない者の小さな成功には心の余裕も欠かせない。
ちなみに、南茂原CCでは日本プロゴルフ協会(PGA)が主催する競技も行われるため、実際に選手に帯同することもあるハウスキャディは公式ルールの講習を受けるなど、日ごろから勉強を欠かさない。本越さんは「ちゃんとゴルフの公式ルールに沿ってやりたくなったときには、ぜひルールを聞いてほしい。うちのキャディはみんなしっかり応えられると思います」と胸を張る。ルールをしっかり把握していればこそ、にっこり笑顔でルール外の処置を推奨できる。思わず同組プレーヤーまで笑顔になってしまう「“初心者ルール”を使う時は、一応みんなにお辞儀をしましょう!」という関さんの声かけも、裏を返せば、初心者がゴルフのルールに触れる貴重な機会なのだ。
ゴルフの楽しみ方にも多様性を
いいスコアで回ることだけがゴルフの楽しみ方ではない―。たとえば、南茂原CCを隅々まで知り尽くす関さんは「毎日見ていても『綺麗だなー』って眺めてしまうときがある」とクラブハウスから見える景色の美しさをコースの特長に挙げた。ゴルフを始めた当初に感じていた不安がなくなるとともに、そのころ感じることのできていた心浮き立つ瞬間を忘れていないだろうか? 初心者の課題が十年一日だとすると、それは、最初の関門を無事通り抜けてゴルフを楽しんでいるゴルファーたちの意識の問題ではないだろうか?
ゴルフやゴルフ場、そこに集まる人々に愛情を持ったキャディさんたちが語る「ゴルフのいま」。濁りのない言葉に「自分のいま」まで映し出されているようで、身が引き締まった。(千葉県長南町/柴田雄平)
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