松山、畑岡、稲見…「トップ選手を教えて気づいたこと」黒宮幹仁が語る最先端コーチング(1)
稲見も松山もやることは一緒 「オフで一年が決まる」 黒宮幹仁が語る最先端コーチング(2)
最近は男子ツアーも女子ツアーも若返りが激しく、それはプロに付き添うコーチも例外ではない。ツアー現場では20代、30代の若いコーチが活躍し始め、プロコーチの数も年々増加傾向にある。その中で今、注目されているのが、昨年、畑岡奈紗や稲見萌寧、松山英樹らビッグネームを教えている黒宮幹仁氏(以下敬称略)だろう。今年コーチとして8年目、31歳になる気鋭の指導者はトップ選手たちの指導を通じて何を感じ、何に気づいたのか。第2回は稲見と松山とのやり取りを語ってもらった。(全3回)
スイングの会話内容がコーチ並み
2022年の黒宮はとても多忙な一年を送っていた。以前から契約していた複数人の選手を見る傍ら、春に畑岡奈紗とオンライン上でレッスンのやり取りが始まる。そして同時期に、2人の大物選手と接触することになった。
そのひとりが「東京五輪」銀メダリストの稲見萌寧だ。昨年の夏頃、「アプローチを見てほしい」(稲見)という申し出をきっかけに、次第にショット面のアドバイスもするようになっていった。そして8月末に行われた「ニトリレディス」ではキャディ兼コーチとして試合に帯同し、優勝をアシスト。
黒宮は稲見の強さをこう分析する。
「出会った当初から思っていたのですが、彼女はすごく賢い。スイングの細かい話なども全部理解していますし、体の動きを説明しても同業者並みの深い話になるのでびっくりします。例えばスイング中に体が猫背になる、反り腰になるといった話をしたときも『それは骨盤の開閉が影響していて…』(稲見)という会話がサラッと出てきて、その内容はトレーナーさんでも理解できるのかというレベル。もともと彼女はスイングのことを考えるのが好きで、今までも自身のスイングに向き合う時間が長かったのだと思います」
トップ選手は脳と体の連動が速い
確かに稲見といえば、練習場でシャドースイングをしながらクラブの動きをセルフチェックする姿はおなじみ。2、3時間ほど練習場にいるのはザラで、打席の後ろに撮影用の一脚を立てて、スマホでスイングを撮っては画面とにらめっこして体の動きを確認しているのだ。
「彼女のようなトップ選手って脳と体の連動が速いですよね。ですから、こちらがちょっと言ったことに対しても反応がすごく早い。でもそれは、良い方向にも悪い方向にもスポンジのように吸収してしまうので…、こちらも何でも言っていいわけでないから難しい。ひとつ“言いたいことの塊”があったら、その塊を小出しに伝えて、彼女がどんな反応をするか見ながらやり取りしています」
稲見は女子ツアーの開幕戦に向けて目下トレーニング中だが、このオフの取り組みは、スイングのブラッシュアップというよりは年間を通して体の痛みをなくすことだという。「昨シーズンは体の痛みのために、まともに練習できない時期がありましたから、試合中に痛みが出ないようにすることが先決です」と黒宮。シーズン中どの試合に出場してどこで休むかというスケジュールも組み、同時にどの試合にトレーナーを配置するかも決めている。
「やはりオフをどう過ごすかかがとても大事。シーズンが終わった後、どんな一年だったのか、何にトライしてどんな結果になったのかを振り返ってノートに書き出し、それを踏まえて足りない部分があるなら補足して新シーズンに挑む。結局は毎年この作業の繰り返しで、新しいシーズンが始まったらその決めたことを“やれるかやれないか”だけ。決めごとがたとえ嫌なことでもやり続けられる選手が、最終的に上の位置にいるということです」
いい意味で学生時代と変わっていない松山英樹
もうひとりのビッグネームとの接触は、昨年の秋に突然訪れた。黒宮は10月に松山英樹のコーチとして「ZOZOチャンピオンシップ」に帯同、元々松山についていた目澤秀憲コーチに黒宮も加わり、異例の“ダブルコーチ”で松山をサポートすることに。畑岡、稲見に次いで、メジャーチャンピオンを教えることになった。黒宮に大物選手を指導することへの緊張感はなかったのか。
「確かにネームバリューは『おおっ!』となりますが、やることは一緒ですし、もともと英樹は学生時代から知っていますからね。会って安心しましたが、彼の性格やゴルフへの姿勢は、いい意味で学生の頃と変わっていませんでした。彼を取り巻く周りの景色は変わりましたが、彼自身は『マスターズに勝ちたい』と言っていた大学の頃のまま。あれだけの位置まで上り詰めたら、普通、人って変わるじゃないですか。でも彼の頭の中はゴルフのことしかなく、試合への向き合い方などずっと同じところにテンションをかけ続けられるから、ほんとすごいと思います」
気楽にしゃべれる相手ができた
さて、黒宮がチームに入ったことで松山にはどんな変化が起きたのだろうか。
「僕が見るようになって、どうだろう…」と少し考えた上で「気楽にしゃべれる相手ができたかもしれないですね。僕も選手としてやっていたので、少しは彼のイメージを共有できる。松山英樹のフィーリングを理解できる人は少ないでしょうから、スイングの細かい部分を話し合えるのは彼にとっていいことだと思います」と黒宮は話す。
畑岡や稲見に負けず劣らず、松山ほどの“練習の虫”はいないが、昨年はけがも抱えながらのシーズンでまともに練習ができず、じっくりと自身のスイングに向き合うことができなかった。もどかしい一年だったが、そんな彼に黒宮はどんなアドバイスを送ったのか。
「英樹はずっと『世界一を取りたい。でも時間がない』と言っていて、30歳になって体力が落ちてきているのも自分で分かっているんです。彼はエンジンが大きいだけでなく、体も柔らかくていろんな動きができてしまうので、間違った方向にいくとけがもしやすい。僕らコーチの役割はその正しい方向を示してあげること。実際に今回のオフで一緒だったときも、トレーニングでスイングとつながっていない部分もありましたし、言わなきゃいけない部分もいくつかあったので、そこをひとつひとつ話しながら調整できたと思います」
スイングを直そうなんて考えてない
具体的に松山のスイングをどう直しているのかを黒宮に問うと、「直そうなんて考えてないですよ」という意外な答えが返ってきた。その真意はどこにあるのか。
「『打ちたい球があって、その球を出したいのにうまくデータ(計測器の数値)が出ない』と英樹に言われたことがあって、ではそこでスイングを見てパッとどこかを直せるかといったら、正直、それは難しいです。そもそも彼が出せないデータなんてないわけですから、僕らコーチは『例えばハイドローを打ちたいならこう出せばいい』と理屈の説明をして、選手がそれを打つためにどこにひっかかっているかをひも解く作業をしなければならない。単純に体のどこかの動きを直すとかではなくて、スイングをいじってもうまくいかないなら、じゃあギアを変えたらどうかという提案もあります。彼は特に自分の中で理解したいタイプですし、最終的に自分で理解しないと試合で使えるスイングにはならないと自覚していますからね」
「ただひとつ、一緒にやっていて分かったことがあります」と黒宮は付け加えた。
「彼は新しいスイングに取り組むときも常に高低のドロー、フェードが打ち分けられるイメージが出るものでないとやらない。その中でも英樹にとって決め球である『低めのフェードボール』が確実に打てるかどうか、そこが根底にあるんです」
黒宮は今後、渡米も視野に入れている。マスターズに向けて松山のそばでサポートする予定だ。かつての学生時代のライバルがタッグを組んで、松山が一度立った高い頂に、再び挑戦する。(聞き手・構成/服部謙二郎)
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