松山英樹の「ZXiドライバー」選び 本命は「LS」4機種の評価は?/駐在レップの米ツアー東奔西走Vol.7
プロゴルフツアーの現場で働くメーカーの用具担当者(通称:ツアーレップ)をご存じだろうか? 住友ゴム工業(ダンロップ)の宮野敏一(みやの・としかず)氏は松山英樹や畑岡奈紗、ブルックス・ケプカら契約選手をサポートするべく、2020年より駐在先の米国で試合会場に足を運んでは、クラブの調整をする。米国を奔走するゴルフギアのプロが現地からとっておきの情報をお届けする。
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スリクソンの新ドライバー「ZXi」シリーズの販売が始まりましたが、契約する選手たちには夏ごろからシーディング(ツアープロへのテスト)を始めていました。松山プロももちろんテストを行い、24年シーズンPGAツアーの最終戦「ツアー選手権」で「ZXi LS」を使用しました。今は新シーズン開幕に向けて、新しいヘッドをさらにテストしている段階です。今回は松山英樹プロのZXiドライバー4機種に関してのインプレッションを中心にお話しできればと思います
ファーストインプレッションは上々
新ドライバーに関しては、プロトタイプ状態で春先から打ってもらっていました。実際の製品の状態で打ったのは、全英オープン前のオープンウィークが最初。本人のファーストインプレッションは良く、「弾く感じがする。飛んでそう」と気に入っているようでした。メジャーやオリンピックを控え、さらに年間王者をかけたプレーオフシリーズの前、新しいヘッドに替えるのには難しいタイミングでしたが、試打のリアクションを見て「これはスイッチもあるのでは」と期待を抱いたのを覚えています。
プレーオフシリーズが始まり、優勝した「フェデックスセントジュード選手権」でも、打撃レンジではテストを繰り返しました。そして最終戦「ツアー選手権」で、「ZXi LS」を投入したのはすでに報道されているのでご存じかと思います。「試合で使ってみないとリアルな性能が分からない」という選手は多いですが、松山プロもその一人。試合の緊張感でどのようなパフォーマンスを発揮するのか?松山プロは年間王者がかかった大一番の試合で“試した”わけです。
もちろんツアーレップとしても試合で使ってもらうために、最大限の提案はしてきましたから、やはり一定の評価をいただいたということはうれしかったです。大会期間中は、いつも以上にティショットの成否に気を揉んでいました。
もちろん本人が完璧と思うものがいきなりできるわけではなく、初日のラウンドを終えてからも、練習場に上がってきて調整を行いました。ヘッド内部に入れる重量、重心、フィーリング調整用のジェル(おもり) の位置をいじるだけでなく、ウエートの前後の配分なども調整。スリーブの角度などもちょっとずつ動かしながら、前のドライバーのフィーリングに近づけるようにアレンジしていきました。
最終戦の4日間は新「LS」で戦いましたが、その後の「プレジデンツカップ」では、スコッティ・シェフラーとのエース対決の際に、元のドライバー(ZX5 MkII LS)に戻しました。オリンピックの銅メダルもセントジュードで勝ったのも、元エースヘッドでしたから、ひとまずクラブを戻すという判断でした。実際それで抜群なゴルフをしてシェフラーに打ち勝ちましたからね。「ZOZOチャンピオンシップ」はそのままのクラブでいってほしいと思ったので、習志野ではテストらしいテストはしませんでした。
なぜ「LS」?⇒前に行く感じがちょうど良かった
ご存じかと思いますが、「ZXiシリーズ」は、「ZXi」「-MAX」「-LS」「-TR」の4機種があります。その中で松山プロが「LS」を選んだのはなぜか。今回のドライバーは、ボクの印象だとどの機種も「球が上がりやすい」というのがひとつあります。アマチュアにとって「上がる」はかなりポジティブですが、プロにとっては「上がる」ことで、理想とする弾道の高さから外れることもある。テストしていて感じるのは、今回のヘッドは時に“上がりすぎる雰囲気”があるということ。スタンダードモデルは松山プロにとっては球が上がりすぎで、スピンがほどよく落ちてちょっと前に行く「LS」の感じが、ちょうど良かったんですね。
では、新「LS」で完璧に合うものができたかというと、そこは今まで戦ってきた信頼する前作「ZX5 MkII LS」がありますから、それを超えるものをすぐに用意するのは難しい。松山プロが気になったのはやはり「球の高さ」について。「LS」だとしても「球が高く出てつかまりやすい」という傾向があったので、その細かい部分での調整が必要でした。試合を戦う中で、普段“歯を食いしばって”弾道を作ってコースをねじ伏せる松山プロにとっては、ほんのちょっとの球の高さの違いが死活問題になりますからね。
11月に出場した「ダンロップフェニックス」でも、練習日に「LS」のヘッドでいくつか調整して、いいものが見つかりかけました。でも、「こうしたらいいんじゃないか」っていう仮説を立てて進めていた施策が、練習日にコースで打っていると、「やっていた狙いだと怖い部分がある」と不安がでてきました。やはり松山プロはいろんな球を打つ選手。本人がとあるホールで、「ただ真っすぐ打つだけならこのセッティングは最高です。でも曲げるときにちょっと…」と、ティショットを打った後にこちらを振り向いて言ってきました。
彼は試合中にほんといろんなことをやりますから、ティショットでの球の打ち分けはザラ。例えば4種類の球を打ち分けるとして、4つのうち1つでも不安があると、そのヘッドは試合で投入しません。松山プロ本人もフェニックスは勝ちにいっていたと思いますし、ゴルフ場の狭さ(コースの松林)からすると、新ドライバーでは不安の要素が大きくなり、結局前のドライバーを使うことになりました。
ボクとしてはそれはもちろん新しいドライバーを使ってほしいですが、我々レップの仕事の大前提は「彼がいいパフォーマンスを発揮できるクラブを持ってティイングエリアに立つこと」。そのときの最善策は、前のドライバーで気持ち良くラウンドしてもらうことでした。
最終的に年内でのスイッチは上手くいきませんでしたが、8月からテストを始めてちょっとずつ新しいドライバーの癖を確認しながらやれているかなとは思っています。「次はこれだ」という、プロに試してもらうヘッドの方針も見えているので、迷っている感は今はありません。むしろ早く新シーズンが開幕してほしいぐらいで、今考えているボクの策がハマれば、新製品で彼のパフォーマンスは上がると信じています。
各4モデルの松山評は?
さて、ここからは松山プロの4機種を打っての感想を話していきたいと思います。
■「LS」
今作は「LS」を中心に試してきました。前作も比較的「LS」モデルを好んでいたと思います。ですが、元々松山プロは、どちらかというと「LSキャラ」じゃなかったはず。もう少しやさしいモデルを選ぶ印象を持っている方は多いんじゃないですかね。これはボクの感想ですが、スリクソンというブランドの「LS」は海外ブランドのそれに対して、そこまでハードじゃないと思うんです。ですから松山プロにとって、「スリクソンだと『LS』ぐらいがちょうどいいところ」ととらえているはず。
一方で「LS」はボールスピード(初速)が出ます。ボールスピードが出といてくれたら、そこからならいくらでも調整しやすいと考えています。ボールスピードが出づらいものに対して、それを出させる調整のほうが難しい。「LS」のヘッドから松山プロの理想に対して調整いくのは理にかなっていると思います。
■「スタンダード」
続いて「ZXi」のスタンダードモデル。松山プロは、後ろのウエートがあることで「スピンがちょっと多いかな」と感じていました。今はトラックマンなどの弾道測定器でプロも数字が読めて、そこに“答え”がある。そのため、我々は数字とも戦わなければいけないんです。松山プロのヘッドスピードだと、スピンが多すぎると飛距離ダウンにつながるのをプロも良く理解しているため、スピンが多すぎるモデルを使ってもらうのは難しい。実際、ボールスピードはLSとスタンダードモデルで若干の差しかありません。ですから女子プロが打ったらLSで初速が出るかといったら、そこは分からない。松山プロにとっては、前に重心のあるLSのほうが初速が出ます。
■「MAX」
そして「MAX」。一番ヘッドの後ろ側が長めで、大きく見え、やさしさがあります。実は顔としてはやさしさのあるMAXが大本命。松山プロは昔からその手の「つかまり顔」を好む傾向があります。「MAX」をもうちょっと試してもらいたかったのですが、あまり試す時間が無くて…。実際、後ろ側のウエートを減らして、あれやこれやをやったらすごく可能性があると思うんです。それも新シーズンが始まったら試してもらう予定です。本当は、モデルとして「MAX LS」みたいのがあったらいいのになって、ボクとしては思っています(笑)。
■「TR」
最後にヘッド体積が唯一450CCの「TR」に関して(他は460CC)。もともと小ぶりヘッド「ZR-30」を使っていたのはご存じの方もいると思います。ですから「アリかな」となりますけど、松山プロ、意外とこの小ぶりには手を出しません。それも普段PGAツアーで戦っているのを見ていると、小さなヘッドに行かないというのはすごくよく分かります。なぜかというと、「コースのシビアさがTRを握らせないから」。モンスタークラスのコースが毎週のようにあり、「振りちぎってようやくハザードを超える」とか、ぎりぎりの戦いを毎度しいられます。そうなるとなかなか「TR」にはならないですよね。思いっきり振る必要に迫られたときに、どこかで“フォーギブネス”(寛容性)が欲しくなるんだと思います。実際にフィールド内では、マキロイもシェフラーも大きなヘッドを使っていますし、ここで戦っている選手はある程度の寛容性をヘッドに求める傾向にあります。
今後、本格的に新しいドライバーを試せるのは、おそらく来年ハワイの2戦(1月2日―5日/ザ・セントリー、9日―12日/ソニーオープンinハワイ)が終わって、アメリカ本土に戻ってからだと思っています(ハワイはツアーバンもないため)。それに対して私も新たな策をさらに考えていかねばと思っています。
もちろん新ドライバーへの早い移行を願っていますが、現状使っている前作「ZX5 MkII LS 」を松山プロが気に入ってくれていることは、スリクソンとしては財産だととらえています。他社ドライバーを使っていた時期もありましたし、その中で「安心できるドライバーがある」というのは大きい。実際、ダンロップフェニックスでは4日間を通して、ずっとドライビングディスタンスは1位でした。飛距離性能としていいヘッドのドライバーがあるということは、松山プロとスリクソンの歴史から見ても大きなことです。(取材・構成/服部謙二郎)
■ 宮野敏一氏 プロフィール
宮野敏一(みやのとしかず)。2020年からRoger Clevelanad Golf Company,Inc./駐米プロ担当としてハンティントンビーチに赴任。PGAツアーやLPGAに通い、選手のクラブアッセンブル、フィッティングを行う。レップ仲間からは“PANDA(パンダ)”の愛称で親しまれている。