「カーボンは音が…」は過去の話 テーラーメイドがこだわったソールの凹みを考察
カーボン素材を使ったヘッドと聞くと、以前まではチタンに比べて打音が低く、こもるような音色で「飛んでなさそう…」と敬遠する人が多かった。しかし、テーラーメイドは「ステルス」で提唱したカーボンウッドのテクノロジーを、国内市場向け「グローレ」シリーズにも踏襲した。「カーボンは音が…」を昔の話にするため、同社が挑んだ打音へのこだわりを考察してみた。
「アコースティックアジャスター」とは
「ステルス グローレ」の発表会に登壇した高橋伸忠プロダクトディレクターは、音域グラフの表を示しながら、「インパクト音の反響を長く感じさせるため、中音域(800Hz~2kHz)を保つ工夫を施し、余韻をどれだけつくれるかを追求しました。『アコースティックアジャスター』と呼ぶ、ソールのトウ側に凹みをつくることで、日本人が理想とする打音と打感を実現しました」と説明した。
「ステルス グローレ ドライバー」、「ステルス グローレ プラス ドライバー」のカーボンソールのトウ側には、やや凹んだ「アコースティックアジャスター」が存在する。これがどのように反響し、日本人の理想の“音”に近づけたのか――。
試作段階では凹みがなかったのでは!?
クラブ設計家の松尾好員氏に、凹みと音の関係について聞くと、「そもそも打音はヘッドの形状、つまりクラウンやソールの丸み、各部の肉厚、内部のリブの有無、また構成する素材によって決まります」と前置きしたうえで、「チタンヘッドは溝や凹みを入れることで、わずかに音が変化しますが、結果的に変な振動が出て悪いほうに転がることもあります。『ステルス グローレ』はカーボン製のため、金属の理屈と同じとは限らず、凹みや溝を入れたとしても、必ずしも改善する保証はありません」と、打音のメカニズムについて教えてくれた。
「新しいクラブは、おおむね発表の8~10カ月前には、試作品ができ上がっているものです。現在は9月ですから、1月の『ステルス』シリーズ発表の段階では、すでに『ステルス グローレ』の試作品はでき上がっていたと考えられます。推測ではありますが、いくつかの試作品の中でのベストな選択肢として、トウ側を凹ませた形状の打音を選んだのではないかと思われます」
1月時点で『ステルス』シリーズが先行し、打音へのこだわりを発表した直後、『グローレ』も同等の評価を得るべく、開発陣が四苦八苦する姿は容易に想像できる。では、どうしてトウ側に変更点を設けたのか?
「ステルス」との差を埋めるために
国内市場向け「グローレ」と、グローバルモデル「ステルス」では、開発スタッフが同じかどうかは不明だ。だが、「グローレ」が「ステルス」のテクノロジーを導入する際、大きく異なる点=フェース拡大の部分がネックとなる。松尾氏の話では「ヘッドの大きさや丸みで音は変わる」とのことなので、「ステルス」と「ステルス グローレ」試作品の打音で、大きな差が生じてしまったのではないか――。形状をもう少しシャープにする必要があったのではないかと考えられる。
だが、フェース拡大ゆえに、乗り越えなければならない壁がもうひとつある。フェースを大きくしたことで、ヘッド上下の厚みが高くなり、増えてしまう空気抵抗の壁だ。同社は、前作『SIM グローレ』よりクラウン後方部を高く、ソール後方部を低く設計し、フェース後方にできる空気の渦(前に向かう物体を引きとめる要素)を発生させることなく、スパッと切る構造を採用。空気の流れを考慮し、フェース拡大の懸念点をカバーする構造に仕上げた結果だという。
空気抵抗といえば、20年発売の「SIM グローレ ドライバー」以降採用している「イナーシャ ジェネレーター(ソール後方の凸部分)」を思い返す。「ステルス グローレ」でも搭載しているが、当時のものより出っ張りが小さく、存在感が薄くなった。出っ張りというより、大きく丸みを帯びたソールの一部に近い印象。この形状を優先することで、打音の響きが思うようにいかなかったのではないか。
松尾氏は、同社がソールのトウ側を凹ませた理由を、次のように推測する。「一般的に打音は、インパクトで生じるヘッドの振動に影響されます。しかも、どちらかというとヒールよりトウ側の振動のほうが、悪さをする度合いは大きくなります。空気抵抗をカバーする構造や、重量配分の開発が進む一方で、最後は打音の改善をソール面に求めた。そのうえで、トウ・ヒール・前方側など、いろいろな場所に凹みを入れたデザインを比較し、検討した結果、今の位置がベストだったのではないでしょうか」
妥協を許さない打音へのこだわり
高橋プロダクトディレクターは壇上で、「結果的にこの音になったわけではなく、初めに最適な“音”を決め、そこに向けて米国開発チームが試作を繰り返した」と、開発経緯を紹介している。「ステルス」の打音が、日本人の好む理想の“音”であるかはさておき、「グローレ」は日本人に向けたドライバー。すでにイメージしていた理想値に近づけるため、最終的に取った策が、ソール・トウ側の凹みだったのではないだろうか。
ことし1月に「ステルス」シリーズが発表された際、今後展開するフラッグシップモデルを全てカーボンウッドにすると宣言したテーラーメイド。構想から22年でたどり着いた革新的テクノロジーを押し進めるためには、“カーボン=音が悪い”の以前のイメージを払拭する必要があった。その挑戦を諦めず、最後の最後まで妥協を許さない開発陣の苦悩が、この凹みに集約されている気がした。(編集部・内田佳)