「二刀流で引き出し倍に」 松山英樹 トークレッスン(後編)
打てるまでの「プロセス」が大事…松山英樹のスイングづくり/プロコーチ黒宮幹仁 2023年の歩み(前編)
プロコーチの黒宮幹仁は2022、23年に松山英樹と畑岡奈紗という日本の男女トップ選手を指導。スイングの取り組みをサポートしてきた。中でも、日本ゴルフ界を長らくリードする松山との具体的なやり取りはどのようなものだったのか? 新シーズンの開幕前に、激動の1年を振り返ってもらった。(聞き手・構成/服部謙二郎)
「けがをしないスイング」と「けがでもできるスイング」は一緒
ジュニア時代に選手として同学年の松山としのぎを削った黒宮は指導者に転身後、22年「ZOZOチャンピオンシップ」での再会を機に、スイングコーチとして“チーム松山”に合流した。当時の松山は首、背中の痛みに悩まされ、思うようにスイングできない状態。「英樹の体と相談しながら、スイングできる範囲、弾道の範囲を探っていきました」と振り返る。「首が、背中が、トップで…など痛みの箇所もタイミングも様々でした。話し合いながら体の可動域を考え、スイングのサイズを変えたり、スピードを落としたりと細かくやっていきました」
23年が始まる前に決めたのは、「けがと折り合うスイング作り」だった。「けがをしていてもできるスイング、作れるボールのフライト(弾道)はあると説明し、今後けがをしないスイングをしていこうと話しました」。悪化させないことも重視していた。
新しいスイングの模索は一筋縄でいかなかった。特に4月「マスターズ」まで1カ月の米国での調整は、日々格闘だったという。「パターのアドレスひとつとっても、『ここだと痛い』(松山)と、そこ(狙ったポジション)に構えさせられないもどかしさもあった。やってほしい動きもできなかったり…難解なパズルを組み立てていくような感覚でした」
スイング作りの過程で、別の問題も発生した。「スイング効率が良くなって、球の当たり方や飛び出し方が変わったことで、感覚も変わったことが彼の中で新たな負担になっていた」。球筋の変化という悩みが生まれていたのだ。
「前のスイングだと、打った時にターゲットラインの上か、やや左側に飛ぶような出球でした。でも新しいスイングでは、やや右側に球が出る感じになる。(松山が)もともと打ちたかったドローの球筋だから悪くないのですが、コースでは前とは違って『右に球が出る感覚』が生まれたため、つい力んで、つかまえ過ぎてしまうことがある。メンタルとの駆け引きが難しかった」
2人が理想にしたのは「ちょっと右に出て、戻ってくるか、戻ってこないか…みたいな球をコントロールする」というショット。「ドローをベースにして、ストレートも打てるし、得意なカットもいつでも打てるという状況がいい。そもそもショットはうまいので、それはクリアできると思っていました」
スイングの完成形より“プロセス”が大事
黒宮は初めて指導するトップ・オブ・トップの選手、松山のコーチに就く前に自分の中で決めごとを作っていた。「僕の理想を押し付けてはダメというのは分かっていたんです。PGAツアーのコース、他選手のレベルは彼が誰よりも知っている。メジャーも勝っている。プレッシャーのかかった場面のショットも僕よりもはるかに鮮明にイメージできる。ですから、彼が試合で必要だと思うことを聞いて、 その中で『できるかできないか』をサポートしようと決めていました」
黒宮が頭で思い描くスイングを、松山が忠実に実行したとしても試合で好結果を得られるとは限らない。「英樹が大事にしているのは、その球を打つためのスイングの習得の仕方。ただ打てればいい、ではなく、打てるまでのプロセスを重視する」
なぜ、こう動くべきなのか――。松山本人が納得しない限り、試合で使えるスイングにはならない。コーチの役目は選手が理想に近づくために、遠回りしないようサポートすることにある。「痛みが出た時にその負担をなくす。もしくはコースで必要な弾道、必要なショットを聞き、対策を立てる。その上で彼が欲しいものをどういう状態で与える(コーチングする)かに注力していました」
コーチが焦っても松山英樹は焦らない
松山は夏場の終盤戦に、来季の出場資格をかけたボーダーラインと激しい攻防を繰り返していた。10年連続のプレーオフ最終戦「ツアー選手権」出場となるフェデックスカップランキング30位以内を目指していたが、プレーオフシリーズを迎えた段階で57位。同シリーズ直前のレギュラーシーズン最終戦「ウィンダム選手権」でチームに再合流した黒宮は、予想以上に疲労していた松山を見て、「30位に入るのは難しい。確実に50位以内に入ってもらおう」とプランを下方修正した。
プレーオフ初戦「フェデックスセントジュード選手権」で50位以内に入らないと、第2戦「BMW選手権」に進出できず、24年に新規設定されたシグニチャーイベント(昇格大会)の出場資格も確保できない。黒宮は全力でぶつかっていった。ところが、松山はいつも通りだった。「彼、全く焦らないんですよ。今までと変わりなく淡々とゴルフをやっていて、がむしゃらに成績を出すというよりは、『自分が納得する球が打てるか』に注力していた」
松山は「フェデックスー」の会場でも、スイングへの取り組みを続けるばかり。「練習場で球を打っていても英樹は焦らない。試合もポイントも、競っている対戦相手も全く関係ない感じでした」。黒宮の方がジリジリして、早藤将太キャディと心配になるほどだった。
焦りのない雰囲気は試合でも変わらなかった。スコアを伸ばしきれず、窮地に追い込まれた最終日の後半14番までは――。チームのスタッフにあきらめムードが漂い始めた頃、松山が15番で突然スイッチを入れたように見えた。「ティショットで明らかに打ち方を変えたんです。3Wで求められる球をナチュラルに打っていた。何て言うんだろう、甘えることなく振り抜くというか、いきなりすごくオートマチックな感じになったんです」
15番をバーディとし、雷中断を挟んで16番(パー5)でイーグル、17番でバーディ。3ホールで4つ伸ばして迎えた最終18番、松山は1Wを振りちぎった。黒宮はその第1打のデータを見て驚く。「ボールスピードが180マイル(約80.46m/s)を超えていた。今までそこまでのスピードは出なかった」。計り知れない何かを松山は最後の4ホールで出しきったのだった。
18番ではもう1つのドラマがあった。ティショットは右ラフ方向に飛び、残り201yd地点のスプリンクラーヘッドのそばで止まった。「練習ラウンドの時、英樹と将太の意見が『ヤーデージブックのスプリンクラーの位置が1ydズレている』という話で食い違った。将太は意地になって『もう1回見に行く』と、夜遅くまでコースのすべてのスプリンクラーの位置を測り直しに行ったんです」
残り距離に絶対的な自信があった。だから、松山は2打目をグリーン右奥のアプローチがしやすい位置に運ぶことができた。アプローチを寄せてパーでフィニッシュ。「2打目を強引に行ったら左の池もあるし、距離を間違えれば右サイドのもっと奥に行く可能性もあった。まさにチームで勝ち取った最後の滑り込みでした」
「英樹は『形(好結果)にしなければいけない』時に形にする能力がすごく高く、そこで逃げない。(意思を)曲げない、絶対形にするぞという気迫を見ました」。しびれた1カ月。「フェデックス―」を終えた松山のフェデックスカップランクは47位へ。「トップ50」の及第点にこぎつけた黒宮は、帰国する機内でようやく安どした。
PGAツアーでの1年を振り返って
さて、松山に帯同してPGAツアーを“初体験”した黒宮の目に、世界のトップ選手のスイングはどう映ったのか?「思ったより『個性的なスイングが多い』という印象です。キレイなスイングをすれば良いスコアが出るわけではない。トニー・フィナウやスコッティ・シェフラーをはじめ、皆が『再現性の高い個性』を持ったスイングをする。身長が高かったり、腕が長かったり、様々な体格差を持つ選手たちそれぞれのスイングの再現性が高い」と分析した。
さらに印象的だったのが、「全力の出し方がうまい」ということ。「みんな簡単にマックスで振れる。PGAツアーのコースやセッティングは、振らなきゃいけない場面ばかり。振れることは大前提で、そこにプラスしてどんな弾道を描くかを意識する。そして、ピンに対して逃げずに勝負し続ける。その日、一度でも“ロケーション負け”したら、その分ちゃんと練習していますよ」
黒宮は「上にいる選手ほど練習量が多い。死にものぐるいで練習する」と目を見張る。最も驚いたのがビクトル・ホブラン(ノルウェー)だ。「めっちゃ練習していますし、日本人並みに食事制限をする。その選手が一番練習しているんだから…。もう太刀打ちできなくなりますよね。“米国の松山英樹”みたいで、ストイックでちょっと怖かった」と思わず苦笑いするのだった。
後編「黒宮のルーティンワーク・『未来の松山英樹』の育て方」へ続く
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