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「ロケーション負け」に打ち勝つ心・技・体/松山英樹のコーチ・黒宮幹仁が語る2024年の歩み<後編>

松山英樹のサポート役として、一年間フルでPGAツアーに帯同した黒宮幹仁コーチ(以下敬称略)。プロのコーチであれば誰もがその場に立ちたい世界の最高峰の舞台は、どのような場所だったのか。新シーズンを控えた年末に黒宮のもとを訪れ、その心の内を話してもらった。全2回の後編。(取材・構成/服部謙二郎)

「長い距離のロケーション負け」が日米の大きな差

約2年間、松山のコーチとしてPGAツアーを転戦してきた黒宮。毎週のようにやってくる距離の長いタフなコース、ハードなセッティング、化け物ぞろいのフィールド。彼の目には日本のツアーとPGAツアーの違いがどのように映ったのか。

黒宮は第一声、「日本人選手がアメリカでいちばん対応の難しさに戸惑うのがロングゲームだと思うんです。長い距離に対してのロケーション負けが出てきやすい」と言い切った。「ロケーション負け」とはあまり聞き慣れない言葉である。

「PGAツアーの試合は300yd打った先のフェアウェイの横幅が狭い。少しでも曲げるとセミラフに入るし、刻むと距離が残る。日本より2、3番手長い距離を打たされ、しかも難しいライでシビアなピンポジのケースが多い。セカンドをいい位置で打ちたいと考えるとティショットにもプレッシャーがかかってきて、今度はティショットが曲がり始めるんですよね」

さらに「フィールドの厚さがプレッシャーを増幅させる」と黒宮は指摘する。「その状況下でも周りの選手はガンガン、ドライバーで攻めてきますからね。ミドルアイアンでもグリーンに止めてくるから、余計に『いかなきゃ』というプレッシャーがかかり、さらに球は曲がる。これがいわゆるロケーション負けのスパイラルです」

黒宮はその“ロケーション負け”を、パインハーストNo.2で行われた「全米オープン」で顕著に感じた。「フェアウェイが劇的に狭く、グリーンも砲台で、ピンポジションによっては4畳半の所に打っていかなければいけない。これはロングアイアンではもちろん止まらず、ミドルアイアンでも難しい状況です。グリーン周りのアプローチを考えた時に、2打目にもプレッシャーがかかる。そうなるとティショットも緊張感たっぷり。そんな中、あの化け物ぞろいの選手たちはドライバーで打ってきます。しかもそれを4日間際限なくやってきますからね。もう頭がパンクしちゃいますよ」

秘訣は「誰よりも自分を知る」

ロケーション負けしないために必要なものは何か。黒宮は「本当の意味での心技体のバランスがないと難しい」と考える。

「狭い枠の中に入れようとなった時に、まず打ちたい球筋が出てきます。次にその球を打つためのアドレスとスイングが来る。そして、そのスイングをするための体が必要になってくる。体の安定感がないと、プレッシャーがかかった時に球を潰しにいけなくなりますからね。さらに体を動かせたとしてもメンタルがついてこないと、毎回同じようなスイングができなくなってくる」。一年間PGAツアーの現場で選手を見て、そんな心技体のバランスの大切さをひしひしと感じてきた。

「その意味では、『プレッシャーがかかった時にスイングがどうなるのか』と普段から自分のことを把握しておかなければいけない。トップが浅くなるのか、切り返しが早くなるのか。こういうロケーションだとどんなミスになりやすいのか」。トップ選手ほど「常に自問自答ができている」と言う。

黒宮がサポートする松山も、自分をよく知る選手の一人ということ。「プレッシャーがかかった時に使える技術なのか、使えない技術なのかを曖昧にしている人は多いですが、松山プロは常にそれを試している。練習場で気持ち良く打てても、試合で使えなかったら『もうこれはないな』って捨てる。練習場でプレッシャーをガンガンかけて球を打ち、取捨選択する作業。彼はいろんな打ち方を試すからこそ、練習が人一倍長くなるんです」と松山の練習量の多さについて言及する。

「彼は常に自分に対して疑心暗鬼。『なぜあんな球を打ってしまったのか』など、寝る時間以外ずっと考えていますよ。夜中に急に『こういう打ち方を考えているんだけど、どうかな』って松山プロからLINEが来たりもしますからね(笑)。でも、最後にはちゃんと自分を見つめ直す。それができる選手がやっぱり一流になるんだろうなって、横で見ていて思います」

練習で追い込むことが試合で生きると黒宮は考える。「練習で答えが見つからなかったままスタートすることもあると思います。でも練習場でそこまで詰めてやれているからこそ、試合でアドリブが利くんです」

米国で戦う上位選手は「アドリブ能力が高い」と黒宮は言う。「どんなトップ選手でも、コースに出ると『練習とちょっと違うな』となります。コース上で練習との違いを修正し始める。そのアドリブのつけ方がみんなうまい。例えば序盤のパー4やパー3は違和感があるままなんとかしのいで、広いパー5に来た時に違和感を払しょくするような打ち方を試す。そこでハマればそのままいくし、ハマらなければまた途中で調整する。つまり18ホールを悪いままで行くことがないし、しのぎ方も分かっている。いくらコーチが練習場で教えたとしても、コースに行ったらあとは自分との戦いなんです」

自分を見つめ直すという話の流れで、黒宮が驚いたエピソードがひとつある。「松山プロが練習でスピードアップ系のトレーニングをしていたんです。素振りで速く振ってスピードを上げるようなテストをやった後、ちょっとした過呼吸になったんですよ。そうしたら『この感じ、優勝争いのときの呼吸の浅さと心拍数に似ている。この状態で球を転がしておこう』と言って、すぐにパッティング練習に行きました。この人、考えているところが一歩二歩、先を行っているんだなって衝撃を受けたのを覚えています」

心技体の「体」の必要性を感じる

黒宮は、心技体のうちの「体」の部分が、日本人選手はまだ足りないとみている。「向こうの現場にいて、いちばん差を感じるのは体の大きさです。日本人選手もだいぶトレーニングへの意識が高まっているのは感じますが、それでもまだ体の厚さに欧米選手と大きな差がある。PGAツアーの選手が街でTシャツとか短パンでいたとしても、やっぱりアスリートと思われる体をしていますよね」

日本人はもっと体をデカくしないと米国で戦えないと黒宮は指摘するが、体のサイズがゴルフにどんな影響を与えるのか。「もちろん飛距離面では有利だと思います。でも、それより大事なことは『体ができていないとスイングもどこかで妥協しなきゃいけなくなる』ということ。理想のやりたい動きがあっても、体が動けないからどこかでやり切れなくなってくる。もったいないなって思ってしまいます」

その点、全く妥協をしない男を、黒宮は普段からそばで見ている。「松山プロが日本に帰ってきて、『ZOZO』や『ダンロップフェニックス』に出ましたが、体の大きさはPGAツアーの選手とそん色ないですよね。むしろ、ウィンダム・クラークが小さく見えるぐらいデカかった。松山プロも必要だと思って体を作っている。体を作るのには普段の食事もあるし、何を摂取してどんなトレーニングするかもあって、彼は常にそこを考えている。体ができたその先にやりたいスイングがあって、やりたいスイングの先にコースで求められるボールフライトがある」

少し難しい話になってきたが、ボールフライトと体の関係性とはどういうことなのだろうか。「すべては逆算なんですよね。コースで打ちたい球(ボールフライト)が先にあって、その球を打つためのスイングは自ずと決まる。そのスイングが打てるようになるために、最終的に体のことにまで考えが及ぶ。つまり目的(ボールフライト)があって体を鍛える。考えることは意外とシンプルなんです。今年は松山プロもそれを証明したと思います。ケガを気にせずちゃんとトレーニングができて体を作れたから、成績が出せたのだと思っています」

黒宮は米国に行く前から「向こうの選手は体が相当アスリートなんだろうな」と仮説を立てていたが、一年間帯同して確信したという。「だって、朝ジムに行ったら必ずみんないますもんね。しっかり汗をかいて、そこから練習に向かう。完全に振れる状態でレンジに来ます。ロリー(・マキロイ)とか練習場でクリーク(5W)を握って初速184マイル(約82m/s=ドライバーの初速が平均80m/sを超えればかなりの飛ばし屋とされるので異常な数値)を出しますからね。そのスピードを出すために、事前にトレーニングして朝も体を作ってからくる。あれを見たら普通の選手だったら『やらなきゃな』ってなりますよ」

◇◇◇

年末、世間がオフモードに突入する中で、チーム松山はハワイの2連戦に向けて出国した。つかの間の休みが終わり、すぐにまた25年シーズンが始まる。「今は本当にいいチーム。早藤キャディも、須崎トレーナーも、レップの宮野さん(用具担当の宮野敏一氏)も含めて、松山プロがやらなきゃいけないことを全員でサポートできていると思います」とチーム力を誇る。

新シーズンに向けて、黒宮はどんなプランを描いているのだろうか。「やることは一緒。これ、ほんとずーっと一緒なんですよ。ですから継続することがどれだけ難しいか。今年できたことが来年もできるかが課題なんです」と深く息を吐く。

「2024年はその前の年の悔しさがあったからこそ一年間走り切れた。正直、80点近く獲れたんじゃないかと思っています。となると、来年(のスタート時点)は悔しさがあまりないわけですから、そこをまた悔しさを抱えてうまくスタートダッシュできた今年と同様に1月から始められるようにしないといけない。今年と同じスタートを切れれば、早い段階で(ポイントランキング)50位以内も見えてくると思っています。俺がいる以上絶対やらせますよ」

そう力強く言い切った黒宮の目は、すでに来年の戦いの舞台を見据えていた。

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