日本シャフト特集
2021/04/30

「そのときのベスト」に込めた開発責任者の矜持

連載:ゴルフシャフトの“新定番”を生み出す熱きリレー
日本シャフト駒ヶ根工場で開発課長を務める井上(撮影:落合隆仁)

<ゴルフシャフトの“新定番”を生み出す熱きリレー>

ゴルフクラブの性能を語る際、ヘッドと同様に重要なのがシャフト。求める弾道やスイングを作る上で、最適なものを使うか使わないかで、全く変わってしまう。そのシャフトを完全国内生産で製造する唯一の総合シャフトメーカーが日本シャフトだ。

1959年に「ばね」の世界トップメーカーであるニッパツのグループ企業として誕生。「N.S.PRO」シリーズなど、世界的にも評価されるヒット商品の数々を世に送り出している。

3つの流儀

南アルプスをのぞむ美しい景観に囲まれた駒ヶ根工場。敷地内には小川も流れ自然豊かな環境が整っている(撮影:落合隆仁)

南アルプスをのぞむ長野県駒ヶ根市の風光明媚なロケーションに同社の製造拠点のひとつ、駒ヶ根工場がある。そこで開発課長を務める井上明久は入社24年のベテランだ。北海道出身で大学を卒業後に日本シャフトへ入社し、それ以来ずっと開発・設計に携わっている。

大事にするのは「そのときのベストを作ること」。自分たちが信じられる製品を作り出すことがクオリティーにもつながっている(撮影:落合隆仁)

さまざまなゴルフクラブのシャフトを生み出し、世に送り出してきた井上には、仕事をする上で大事にしていることが3つあるという。

「当たり前のことですが、まずはそのときのベストを作ることです。そして、完成したときの弾道イメージをシャフト作りでは常に意識しています。あと、個人的にとても大事にしているのが設計するだけで終わらせず、現場に立って実際に作る作業に携わることです。立場的には設計だけで成り立つのですが、モノに触れることは大事なことかなと考えています」

2021年に発売されたウッド用カーボンシャフト「N.S.PRO Regio Formula(レジオ フォーミュラ) MB+」も、この3点を意識しながら何度も図面を引き直して生み出された。早くもゴルフファンからはたたいて飛ばせるシャフトとして人気を集めているが、この新製品の開発では、具体的にどのようなステップを踏んだのか。

「大体ひとつの製品ができ上がるまで、平均2年くらいかかります。今回の『MB+』に関しては、先に『レジオ フォーミュラ B+』が発売されていたため、既存のシャフトよりも高い性能を出さなければならないというプレッシャーがありました」

「より良いモノを届ける幸せ」

ラインは止まることなくシャフトを製造し続ける。1本1本にスタッフの思いが詰まっている(撮影:落合隆仁)

特に市場からのニーズとして開発の現場に伝えられていたのは、既存の「M+」や「B+」よりも“飛ぶ”シャフトを作ることだったという。

「営業サイドやツアー担当からいろいろな情報を集めてもらい、多くのフィードバックを参考にしてシャフトのイメージを絞り込みました。そこからプロ選手が使うプロトタイプを完成させるまでは比較的早い段階でたどり着くのですが、そこから一般のテスターなどに評価を受けて改良を繰り返し、量産化という視点での市販モデル設計の確認など、完成品に仕上げるには時間がかかるものです」

「新しいモノを生み出すことは、技術者として他に変え難いモチベーション」と語る(撮影:落合隆仁)

新製品開発には欠かせないプロトモデルには、当然のこととして色々な意見が寄せられる。現場と開発とをつなぐ営業スタッフによると、「(この要望は)きついだろうな」と開発陣にその言葉を伝えることを躊躇(ちゅうちょ)するようなことも多々ある。しかし、井上はそれらの要望を飄々(ひょうひょう)と対応していく。要望が出る理由を頭の中の設計図から見つけ出し、気遣った営業サイドが「できたのですか?」と驚くレベルで完成させてきた。

「失敗談はいろいろありますよ。例えば、先を走らせるタイプのシャフトを作ろうとしたら、いざ試すとまったく逆の評価のモノができ上がってしまったり。そんなときは簡単に言えばへこみます。それでも新しいものを生み出すということには、技術者として他に変え難いモチベーションがあるので。モノ作りが好きなのだなと改めて実感する機会でもあります」

より良いものを作りたい。日常的にそう思っていればこそ、頭の中には日々の蓄積で膨大なデータベースができ上がっていく。イメージ通りにいかないことがあったとしても、より良いものを作り、良いモノを世界に届けることが幸せ。信念を強く持つ職人とはそういうものなのだろう。

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