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串打ち3年、裂き8年…削りは「10年」/THE PROFESSIONAL Vol.2 岩國誠之(ウェッジ担当ツアーレップ)

ゴルフ業界に数多くある仕事の中には、あまりスポットライトが当たらない専門職がある。業界を陰で支える人たちだ。そんなプロフェッショナルに光を当て、普段の仕事ぶりを紹介する今企画。第2回は、ウェッジグラインドのスペシャリスト、タイトリストのツアーレップ・岩國誠之(いわくに・しげゆき)氏。使用率No.1を誇るボーケイウェッジの削り、研磨、組み立てを一手に引き受け、プロからの信頼も厚い。知られざる日常に迫った。

練習日は目が回る忙しさ

トーナメント会場での岩國氏の一日はまだ日の昇らないうちから始まる。密着したのは4月「ISPS HANDA 欧州・日本どっちが勝つかトーナメント!」(静岡・太平洋C御殿場コース)の練習日。プロのオーダーに対応するため、早朝に会場入り。ドライビングレンジの後ろに立ち、自分のウェッジを持ってくるプロとソールを指差しながら何やら言葉を交わすと、そのウェッジを手にツアーバンへ。しばらくすると、バンの中から研磨機の音が聞こえてきた。

ツアーレップの中でもウェッジ担当は特に多忙だ。何せ、注文の数が半端ない。2、3カ月でフェースの溝は摩耗するため、どうしても交換頻度は高くなる。ウェッジの削りは多くの専門知識が必要で、周囲のスタッフが気軽に手伝えない。岩國氏は練習日に「御用聞き→ヘッド選び→研磨→組み立て→納品」という一連の流れを何度も繰り返し、一日中動き回っていた。特にこの週は欧州ツアーとの共催で、海外選手からも注文が殺到した。

試合のある週は、月曜に会場入りしてツアーバンの設置から仕事がスタート。火、水曜はウェッジの組み立てでフル稼働、試合直前までできる限り選手をサポートする。水曜の日没とともに帰宅し、木、金曜と会社に出社。現場でやり切れなかった組み立てや、他から入るプロの注文をこなす。「試合はネットやテレビで観ています。自分の組み立てたクラブを使って活躍するのを見るのはうれしいですよね」。海外のウェッジ担当と会議をすることもあり、一週間はあっという間に過ぎ去っていくそうだ。

それでも、ツアーバンでウェッジを削りながら鼻歌を歌ったり、レップ仲間と世間話をしながら作業する様子は楽しそうだった。いったいどんなモチベーションが彼を突き動かしているのか。その仕事のルーツをもう少し深堀りしていきたい。

仕事が“180度”変わった

日大ゴルフ部出身の岩國氏が「アクシネットジャパンインク」(タイトリストの日本法人)に入社したのは16年前。いきなりウェッジ担当になったわけではない。当初はウッドやアイアンなどの組み立ても含めた用具全般を取り扱うツアーレップだった。それまでクラブを組んだことがなく、「バランスって何ですか?のレベル」(岩國氏)からのスタート。「当時、栃木にあった工場に2週間泊まり込みをして、ベテランの方にクラブの組み立てをイチから教わりました」と、少しずつレップの“イロハ”を学んでいったという。

もともとクラブ好きだったこともあって仕事を覚えるのは早かったが、男子下部ツアーの現場に出るようになると学ぶことは山のように増えた。「グリップの向きやライ角、ロフト角とか、契約選手たちから『全然ダメ』と突き返されて。丸山大輔さん、S.K.ホ(韓国)さん、谷口拓也さん、松村道央さん…。当時はクラブにこだわりの強い選手が多かった。やり直しも多くて大変でしたが、いま振り返れば結果的に鍛えられたのかなと思っています」

転機は8年前に訪れた。「急にウェッジ担当になって。もう、ドライバーやアイアンを組むのとは180度くらい違う作業で、面食らいました」。クラブの組み立てに慣れ始めていたタイミングで、ウェッジの世界は別物に映った。「ドライバーって、正直そこまで何もできないんですよ。そこにある製品でどうにか調整する程度。でもウェッジって、削りも求められるし、カオもいじれるし、一番いろいろ調整できるクラブ。ですから、レップの腕次第で何とでもなってしまうんです」。やりがいもあるが、責任も大きい。「特に削りの作業が難しかったんですよね。これはちょっと今までのやり方じゃラチが明かないな、と」。それまでの仕事のルーティンを変える決断をした。

まず、出社時間を2時間半早めた。朝早くから研磨機の前に座り、削りの練習。「もちろん前任から削り方は教わりましたし、一度米国でボーケイさん(ボーケイウェッジの生みの親であるボブ・ボーケイ氏)にも直接教わりました。それでもウェッジの削りって、みんなそれぞれのやり方があって、最終的には自分のやり方を見つけなければいけない。グラインダー(研磨機)をどのくらいのスピードで回せば、どういう風に削れるのか。ソールをどう当てれば、どう削れていくのか。その“機微”は自分で削りながら学んでいくしかなかった」。再び修業が始まった。

6種の“粗さ”を使い分け

「一番奥が深い」というウェッジの研磨作業。難しさの真髄はどこにあるのか。「マニュアルがあってないようなもの。ボーケイさんにはボーケイさんのやり方、アーロン(米国のウェッジ担当、アーロン・ディル氏)にもアーロンのやり方がある。ゴルフと一緒で『こう打ったら、こう飛ぶ』というのがあって、そこを自分で見つけなければいけないんです。今はだいぶその感覚が分かってきましたが、未だに『こう当てたら、こう削れるんだ』という発見もあって、日々勉強中です」。削りが足りなければバウンスが邪魔して突っかかり、削り過ぎるとバウンスが使えずに抜けてしまう。まさにプロが必要とする“かゆいところに手が届く”削りを具現化する難しさは形容しがたいものがある。

削りのベースでもある「ヤスリ」について聞いてみた。グラインダーに取り付けるヤスリのベルトは全部で3種類。「一番削れるのが青いベルト。まずはそれで新しいヘッドをガーッと削って、ある程度の形を整えていきます。次に中間の粗さのベルトで、形をキレイにしていく。最後に粗すぎないベルトで細かく整えて完成です」。3種類と言ったが、岩國氏の中ではさらにそれぞれが2つに分かれ、計6種の粗さで削っているという。「ベルトの中にも目の粗いところとそうじゃないところがある」と、ベルト中央部の黒ずんだ箇所を見せてくれた。その部分を触ってみると、確かにザラザラ感が弱い。練習場の人工マットの打ち込んで削れた部分のようだ。「一番削れるベルトの黒い部分を“生きのイイ黒”と呼んでいるんですが(笑)、そこで研磨をすると、ちょうどいい目の細かさに仕上がる。逆に一番削れないベルトの黒い部分でやると、ピカピカ感が出る。その“削れない黒”は、本当に細かいところを調整したり、削り過ぎないようにする時に使っています」

こんな極上の削りを味わえるプロは幸せだなと思うが、裏を返せば、数ミリ単位の削りの差が求められるということ。「谷口(徹)さんとのやり取りはもう長いですが、ロブを打つ時は大体この辺だろうなというのをいつもイメージして削っています。ここら辺を落としたら開きやすいだろうなって。それでも開いた時に『ヒールが当たる』と言われることも多く、新しいウェッジを持っていく時は、いつも一番当たりにくいものを用意して持っていきます」

ツアーレップはアーティストではない。満足するものができ上がっても、選手が納得しなければ意味がない。削りを求める選手がいて、さらにその先には選手が対峙するやっかいな芝や砂がある。選手が最高のパフォーマンスを発揮できる削りを求められるからこそ、難しく、奥が深いのだ。

“削り”に同じ形はない

選手のボーケイウェッジを見ていると、ソールのバリエーションは実に様々であることが分かる。グラインドの種類は多岐にわたる。同じ種類でも、削りが違うので同じ形のものは一本もない。そんな中で、どうやって選手の要望に寄り添っているのか。

「『溝が減ってきたので同じものをお願いします』とか、『新しいウェッジを試したいです』とか、定期的にリクエストがきます。試合会場で頼まれたり、電話をもらったり。『前よりちょっとこうして』とか、その都度ちょっと削りは違ったりします。選手によって、バウンスの角度、幅、形状なども好みは全く違います」

選手とのやり取りでは、メモを取る様子が一切ない。頭の中に削りの“レシピ”でも入っているのかと思うくらいだ。「長年やってきたこともあり、もう体で覚えているのもあります。(削り方を間違えないように)現在使用しているウェッジも借りて見本にしながら削りますが、実際は感覚で削る部分も大きい。そもそも、同じように削ったとしても全く一緒のものは作れませんからね。長年やっていますが、形を再現するのは本当に難しいですよ」としみじみ語る。ウェッジの交換頻度は早い選手で2カ月ほどだから、毎回同じ形や振り感を再現するのは確かに至難の業だろう。

「そもそも、エッジの線の輪郭をハッキリする選手と、あえてちょっとファジーにする選手もいますからね」。そう言って見せてくれたのは、菊地絵理香のウェッジ。「角があるのを嫌がるので、あえてちょっと輪郭をスムースにしています」。少し丸みを帯びたフォルムをしていた。その仕上げを“スムースコーナー”と呼ぶらしい。一方で同じタイトリスト契約選手の幡地隆寛は、輪郭がはっきりしているのを好むのだとか。「幡地プロは幅広いソールからけっこう削って落としていくんですけど、ヒールはがっつり残したいタイプ。彼はちょっとヒールを当てていきたいので、ヒールを落とすとスポンって抜けちゃうんです」と、こちらはヒール側が角ばっている。

そんな話をしていると、タイトリスト契約の川村昌弘がツアーバンに顔を出した。岩國氏との付き合いは、かれこれ10年以上になる。「あれもこれも作ってではなく、『こういうのを試したいんだけど、どうやったらできます?』と、いつも課題をくれる選手。レップ冥利に尽きるというか、一番やっかいな選手ですよ(笑)」。信頼関係があるからこそ、こんな冗談も言えるのだろう。

川村はときに1番アイアンを試したり、アプローチウェッジ相当の52度をMBアイアンのロフトを寝かせたヘッドにしたり、ツアー屈指のアイデアマンとして知られる。レップも全力でぶつからないと、彼の要求に応えられないのだ。実際にその日も「52度のウェッジの鉛を貼り直しに来ました」と、バックフェースにはバランス調整のための鉛がべったり。こうして微調整してもらっているわけだ。

2人で米国のタイトリスト本社に行った時のエピソードも面白い。「川村プロが100ydを打った時のターフが深すぎて、『こんなに穴を堀ったやついないぞ』って、ボーケイさんにもすぐ覚えられたんですよね(笑)。その後、ボーケイさんが川村プロのウェッジを削ってくれると言って、彼のエースのウェッジをどんどん削っていくんです。『もうちょっと行けるぜっ!』みたいな感じでガーっと。『おいおい、大丈夫か?』って2人で顔を見合わせてヒヤヒヤしていたんですが、打ってみたらすごく良かった。『やっぱりボーケイさんはすごいね』って2人でうなずいていました」

トレンドはローバウンス

8年間も担当していると、ウェッジのトレンドの変化もよく分かる。「結構、今はローバウンス化していますね。ボールだけ拾うような打ち方の選手が増えてきている」。打ち方が変わり、クラブに求めるものも変わってきている。「米国の打ち方のスタンダードが変わって、ヘッド軌道もシャローで浅くなっている。そうなるとバウンスが邪魔になります」。そのトレンドが日本にも入ってきている。「ローバウンスが増えてきました。僕が担当を始めたころは8度以上のハイバウンスが多かったですが、今は4度や6度が主流です」

PGAツアーで働くツアーレップとのやり取りも活発で、世界中のウェッジチームとの会議もよく開かれているという。「会議メンバーにはボーケイさんもアーロンもいて、それ以外にも米国のクラブ開発チーム、ヨーロッパ、韓国、オーストラリア、南アフリカなど10人くらいでいつも意見交換しています」。つい先日も、日本ツアーでのSM10の使用状況を報告したばかりだ。

岩國氏は、すでにボーケイ氏のような職人の域に入ってきているのではないか。「ボーケイさんに言われているのは、10年やって一人前。ですから、8年ではまだまだですよ」と謙遜する。「でも本当に10年経ってそこがようやくのスタートラインだと思っています。米国の工場に行くと、17年くらいウェッジを削っているメキシコ人の職人に会うんです。時折プロのオーダーも削っている人で、とにかく速くて上手い。口笛を吹きながらチュッチュッチュッと削っていく。『うわっ、速っ!』って(笑)」。世界を見渡せば、上には上がいるわけだ。

特に師匠でもあるボーケイ氏の仕事には、毎回新鮮な驚きがあるそう。「もちろん削りの技術は絶品ですが、それ以上に驚くのは『選手のここに当たる』というそのピンポイントの場所の見極めがすごい。実際に選手のフィーリングと削る場所が狂わないというか、まだその境地には行けないですね。今はようやく、その一端が分かってきたくらいですかね」

うなぎ職人は「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」と言われる。ウェッジの削りを極めるのも同様で、気の遠くなる年月の必要性を感じた。また5年後、10年後、岩國氏に胸の内を聞いてみたい。(構成・編集/服部謙二郎)

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