打てるまでの「プロセス」が大事…松山英樹のスイングづくり/黒宮幹仁(23年前編)
銅メダルの裏側にあったもの/松山英樹のコーチ・黒宮幹仁が語る2024年の歩み<前編>
2月「ジェネシス招待」、プレーオフシリーズ初戦「フェデックスセントジュード選手権」と昨季2勝を飾り、最後まで年間王者の可能性を持って戦った松山英樹。8月の「パリ五輪」では銅メダルも獲得した。そのサポート役としてフル帯同した黒宮幹仁コーチ(以下敬称略)は、松山とどのようなやり取りをしてきたのか。新シーズンを控えた年末に黒宮のもとを訪れ、一年を振り返ってもらった。全2回の前編。(取材・構成/服部謙二郎)
舞台裏にあった「メダルを獲るための準備」
オリンピックイヤーではあったものの、シーズン序盤は松山の口からオリンピックの“オの字”も出てこなかった。出場にあまり乗り気ではないのでは…と周囲は捉えていたが、フランスの舞台が近づくにつれ、黒宮は松山の変化に気付き始めていた。
初めて“それ”に気付いたのは、五輪が半月後に迫った「全英オープン」の練習場だった。「もちろん全英には集中していましたが」と前置きしつつ、「打撃レンジでオリンピックのコースで使いそうなショットをいろいろ試していたんです。プレッシャーがかかった時にこの技術は使える、使えないというのを取捨選択しながら練習していました」と当時を振り返った。
フランス入りしてからの松山は、目の色を変えて練習をした。「試合前週土曜日の朝7時から練習。練習ラウンドもハーフに3時間かけ、コースをくまなくチェック。日曜日も6時間かけての練習ラウンド。月曜日は約5時間練習。火曜、水曜にハーフずつ回って、その前後に1時間半近く練習。通常の試合だとそこまではやりません。本人は口には出さないですけど、『これは明らかにメダルを狙いにいっているな』って周りで話していました」
松山は初日、8アンダー単独首位と好スタートを切った。「金を狙う上では初日が勝負、って松山プロと話をしていました。どのみち(スコッティ・)シェフラー、ザンダー(・シャウフェレ)、ロリー(・マキロイ)、(ジョン・)ラームあたりが来るぞと話していましたし、実際に世界ランキング順に上位に食い込んで来ましたよね」
最終日、11アンダー4位からスタートした松山は「65」のスコアを出し、通算17アンダーの単独3位でフィニッシュ。途中まで金メダルも見える位置で戦っていたが、わずかに2打届かなかった。「普段の試合ではない『3位までに入りたい欲』がみな強かったので、意外とプレーオフになりづらいかなとは思っていました。銅メダルを狙っていても今回は優勝争いぐらいの負荷がかかっていたはずです。事実、絶好調に見えたラームが自ら落ちていったのには驚きましたが、彼もプレッシャーが相当かかっていたのだと思います」
メダルを獲らせるために黒宮も相当な準備をしてきたが、その陰には最後の最後までサポートを怠らない姿勢がみえた。「最終18番、決まれば銅メダル確定のパットを松山プロが外して。早くプレーオフの準備をしなきゃって、クラブハウスに向けて猛ダッシュですよ」
黒宮は急ぎ練習グリーンに行き、松山が上がってくるのを待った。「今の18ホールを見て、彼に何をしてあげられるのか、どんな準備ができるのかを考えました。残り時間を考えてもパットしかない。ではパッティングで何が必要かってなった時に、彼があまりにも手が動かなくなっていたんです。そこでロングパットを連続で打ってもらうという結論に至りました。あれだけのプレッシャーの中で戦っていて、ちょっとした過呼吸に見えたのもあって、ゆったり長いストロークで打ってもらって呼吸を落ち着かせたかったのもあります」
18番グリーンから小走りで上がってきた松山は、第一声「手が動かない」と黒宮に言った。「もう見た通りだ」と黒宮は確信し、すぐさま15m近いロングパットの連続打ちを始めてもらった。「アドレスなど気にせず、振り幅とテンポだけに集中してもらって、リラックスしながら打ってもらいました。30球ぐらい打ってもらうと体もほぐれてきて、スタート前の感じに戻ってきたんです」。ちょうど松山のストロークが戻ってきた頃に『銅メダル確定』の電話が入った。
最後まで準備を怠らないその姿勢。たとえプレーオフに入っていたとしても、松山の銅メダルという結果は変わっていなかったかもしれない。
異常な雰囲気だったマスターズ
今年ほど松山が絶好調で迎えた「マスターズ」は今までなかった。黒宮にとっては2度目のオーガスタ。前回の帯同時は松山が首の痛みと戦っていた時期で、まともな準備ができていなかったが、今回は万全の状態で試合に臨めていた。「パワーランキング(優勝者予想)も4位。ジェネシスで優勝した後、アーノルド・パーマー招待も12位、プレーヤーズ選手権も6位。『これは来るぞ』ってチームのみんなの熱量も高くなっていました」と黒宮は当時のチームの雰囲気を振り返った。
それだけに、初日の出遅れは予想外だった。「朝の練習からちょっとおかしいってなって感じていたんです。松山プロと早藤キャディを見ると、どこかいつもと違う雰囲気だった。トラックマンの数値を見ると、ボールスピードがすごく出ていて…。朝イチ1番のティショットはドライバーで絶対打つのですが、『下手したらクリーク(5W)でいくんじゃないか』ってくらい、めちゃくちゃスピードが出ていたんです。アドレナリンの制御ができなくなっていた」
それでもアドレナリンがプラスになり、「逆方向に振れていけばいいかな」と期待を込めて見送ったが、初日は「76」をたたき63位タイ発進。優勝候補がまさかの予選通過“圏外”からのスタートとなった。「マスターズは初日から一つもミスできない試合。普通の試合って2、3日ゾーンに入れたら勝てますが、あの試合だけは練習日から含めて7日間ゾーンじゃないと勝てない」
万全の状態を作ってきたと思っていた黒宮にとっては、現場での松山の状態の変化は誤算だった。「マスターズのタイトルが欲しいから、1月から3月まで準備して(優勝を)獲りやすい位置に立たせてあげたい。さらに現場でもプラスアルファで何ができるかを考えて準備してきました。だけど、そこでちょっと違う方向に歯車が回ってしまった」。松山は予選落ちを免れたものの、優勝には程遠い位置でオーガスタを後にした。
悔しい経験は黒宮にリベンジの気持ちを芽生えさせた。「あと3回とか4回、あそこでやりたい。そう思う試合って唯一マスターズしかない。来年はどうやってやろうかなって、オフの期間もずっと考えていましたよ。今年は万全な状態だったからこそ、逆に『こうやって状態が変わるんだな』というのがすごくよく見えた。体調が万全でコースとちゃんとバトルして、ちゃんと負けた。悔しくもありますが、それ以上に得たものも大きいです」
今年の勝因はただひとつ「練習量が戻ってきたこと」
黒宮が松山のコーチとして帯同するようになったのは、3年前の「ZOZOチャンピオンシップ」から。松山の体の状態は決して万全とは言えず、まさに「けがと折り合うスイング」を試みていた。今年は、ようやくそのけがの不安がない状態で一年間を戦えた年でもあった。「(けがをしていた)首の状態も戻って、この一年間しっかり練習できたことが彼にとって良かったと思います」と振り返る。
体の状態の良さを作った陰の立役者として、黒宮は一緒に松山をサポートする須崎雄矢トレーナーを称える。「須崎さんがほんと頑張ってくれたと思います。松山プロにやってほしいスイングがあっても、それに対して体が動かなければ何の意味もない。須崎さんには『頼むから首だけは』っていつも言っていたんですよ。腰、背中の痛みは、まだ球は打てる。でも首は顔に近く、痛みをより感じやすいので本当に球が打てないんです」
元々、練習の虫である松山に練習量が戻ってきたら、自ずと結果も戻ってくる。「昨年(フェデックスポイントランキング)50位ギリギリになった理由をみんなで考えた時に『練習ができていなかった』って話になったんです。いかに練習量を増やすか。須崎さんとはよく話しながら、朝の練習場でショットもパットもしっかり時間を確保してもらおうと話していました。早藤キャディとも話をし、彼の練習時間を作ることに3人で協力していました」
松山をサポートする3人の協力体制。「全体を見るのは自分の役目。スイング面や体の動きで何が不足していて、何が加われば結果につながるのかは、松山プロと僕しか分からないところもある。そういうことを自分が客観視して皆に伝えて、トライアングルでどうサポートしていくかを話し合っていました。もちろんその中で、誰かが疲弊してしまうと、松山プロにも影響が出てしまう。誰かに負荷がかからないように、時に自分が早藤キャディの仕事を手伝ったり、皆が働く時間や労力を分散できるよう動いていました。それもすべて根本にあるのは『松山プロが練習する時間を確保する』ということ。5月までにポイントランク50位以内をクリアしようって早い段階で話していました」
年明けからプランを立て、年間2勝、オリンピック銅メダルという成果をもぎとった一年になった。「達成感はありますし、『こう取り組めばここまでの結果が出る』というのが見えたのも自分にとっては大きい。でも、『そりゃ松山英樹ならそうだろうな』とは思っていたので、今年の成績には正直びっくりはしてないです。むしろ、メジャーを獲れなかった悔しさのほうが先に立ちますね」
2021年「マスターズ」以来のメジャータイトル獲得に向けて、新シーズンを迎える黒宮のモチベーションは高い。
後編:黒宮が痛感した「ロケーション負け」(31日配信予定)へ続く
レッスンカテゴリー
- 基本動作アドレス グリップ スイング ドライバー バンカー 練習ドリル
- 弾道別スライス フック トップ ダフリ 高い 低い テンプラ
- スイング改善アドレス グリップ 振り遅れ インパクト フォロー
- 状況 クラブ別ドライバー アプローチ バンカー ラフ 傾斜 アイアン
- 中上級 応用ドロー フェード 距離感 マネジメント スピンコントロール
- ボディケアスキンケア ストレッチ 花粉症 筋トレ アレルギー
- ルール マナーゴルフ規則 マナー
あなたにおすすめ
レッスン
女子プロレスキュー | シチュエーション別に女子プロゴルファーがわかりやすく解説 |
---|---|
振るBODYメソッド | ゴルフスイングに適したストレッチ法をスポーツトレーナーが解説 |
U-25世代LESSON | ツアーで活躍する若手プロゴルファーの旬なレッスン |
lesson-topics | 新着レッスントピックス |
スイング辞典by内藤雄士 | 一見難しそうなレッスン用語を掘り下げて解説 |
カン違いだらけのゴルフルール | ゴルフルールをQ&Aで解説 |