どん底からの“Re”スタート「王者の背中が見えた」/大人の社会科見学「ブリヂストンボール開発 M&Dセンター秩父」#5

ボール開発の始まりは1932年 “Bの歴史”をお勉強/大人の社会科見学「ブリヂストンボール開発」埼玉県秩父 #1
「B」の勢いはどこまで続くのか

ブリヂストンのボールは、一度使い始めると長く使い続ける選手が多い。ことし8年ぶりの優勝を飾ったブラント・スネデカーは20年以上前からブリヂストンのボールを使用。「AIG女子オープン(全英女子)」を制した桑木志帆も、中学時代からブリヂストンのイエローボールを使い続けている。連載1回目から開発・設計・評価チームを取材してきたが、最終回では彼らの話を元に、ブリヂストンボールのここ10年の躍進を改めて振りかえった。(最終回)

どん底だった2015年

2015年ごろ、ブリヂストンのツアーボールは苦しい時代を迎えていた。「ツアーモデルのシェアは2~3%しかありませんでした。当時はタイトリストとスリクソンの2強と言われていました」

そう振り返るのは、30年以上にわたりボール開発・企画に携わってきた宮川直之氏だ。かつて一時代を築いたツアーステージは姿を消し、ブランドは「ブリヂストンゴルフ」へグローバル統合されていた。周囲からは「ブリヂストンのボールは大丈夫なのか」と言われることも少なくなかったという。

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入社後30年以上の経歴を持つ宮川氏。苦難を乗り越えた話には熱がこもる

しかし、その後の約10年で状況は大きく変わることになる。2016年以降はシェアを伸ばし続け、8%前後まで回復。2025年にはメーカー別ボール販売数量シェア1位を獲得するまでになった。

なぜ“B”は復活できたのか。

その答えを探るため、取材班は秩父の開発拠点を歩き回った。そこにあったのは、決して派手な成功物語ではない。特別な発明や一人の天才の存在でもなかった。企画、開発、評価、品質管理、製造、それぞれの部門が互いにぶつかり合いながら積み上げてきた改善の歴史だった。

「良いもの」と「作れるもの」は違う

今回の取材で印象的だったのは、開発陣が好き勝手にボールを作っているわけではないということだ。ひとつのボールを作るために、実に多くのメンバーが絡み、お互いが連携していた。

「開発には材料、設計、評価という3つの軸があり、それぞれのチームが連携しています」(宮川氏)。さらに生産関連の中には品質管理チームと製造現場があり、一つのボールを作るのに実に多くの人が絡んでいる。お互いのチームが常に円滑にやり取りできているわけではなく、意見がぶつかり合うことは日常茶飯事だという。

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部内でも時に意見がぶつかり合うことがある

「そこは良い意味でバチバチしていますよ。秩父での研究上は作れるけど、工場では難しいということはよくあります。例えば、開発ですごいコアを作ったとします。でも工場に持ち込んだら、作る時間が倍になってしまうとなると、それは生産には向きません。結局はそのやり取りの繰り返し。お互いに背負っているものがあるので、そこは自然と衝突しますよね」(企画チーム・小松淳志氏)

実際、「ツアーB 330X/330S」(2016年)に搭載したスリップレス・バイトコーティングの技術では、ある問題が起きていた。「今だから言える話ですが、滑りにくいコーティングにしたことによって、従来の箱にボールが入らず、工場の出荷ラインが止まってしまったんです。箱を大きくしようか、それとも箱の中の素材を変えようかなど議論になりました。新しいことをやると絶対に何か問題が起きる。でも、我々はそれを歴史上ずっと繰り返してきて、より良いものを探ってきました」と宮川氏は語る。

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過去のボールのサンプルが並ぶ

つまりは関係各所が追い求める理想の最大公約数。そのお互いのせめぎ合いが、高い品質のボールを生み出し続けているのだった。

秩父の開発部隊の中でも、当然意見のぶつかり合いは起きる。素材チームの深沢秀士氏は「企画設計チームは『スピンがかかるの上で傷をつきにくくしてくれ』など無理難題を言ってきます。素材チームにはいろんな要求が来ることが多い。ゴム、アイオノマー、ウレタン、塗料、各メインの担当がいるんですけど、それぞれがいろんな意見を言われるので取りまとめるのが大変なんです」とそのジレンマを語った。

さらに、「反発や耐久性を求めて常にいい素材を研究していますが、そこにはコスト意識も必要。高くていい素材や研究してみたい素材もありますが、コスト意識もしっかり持った上での設計が必要なんです」。考えなければいけないことは山ほどあるようだ。

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新しい素材の研究にも余念がない

そんな開発のせめぎ合いの中から生まれた技術が、後に画期的なアイデアと称される2014年に生まれた「ハイドロコア」だった。

「水とゴムって本来は相性が悪いんです」(深沢氏)。水とゴムは混ざりにくく、割れの原因にもなる。ゴルフボールにとっては避けるべき存在だ。ところが研究を進める中で、水分をうまく利用すると独特の硬度傾斜(第2話参照)が生まれることを発見した。中心は軟らかく、外側にいくにつれ硬くなる。ドライバーではしっかり潰れながら高反発を実現できる。「みんながダメだと思っていた水とゴムを逆手に取ったんです」。まさに逆転の発想だった。

2014年から2016年にかけては、ハイドロコアやスリップレス・バイトコーティングなど、後のブリヂストンを支える技術が次々に登場し始めた時期でもあった。プロからの評価も上がってきて、開発陣の多くが、「この頃が転機だった」と振り返った。

評価技術の進化とタイガー・ウッズとの契約

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ボールを精密にチェックする宮川氏

復活の理由は技術だけではなかった。それを正しく評価する仕組みも大きく進化していた。

「以前はプロに打ってもらって、感想を聞いて、メモを取るしかありませんでした」とはボール開発ひと筋のキャリアを歩んできた、評価のスペシャリスト・清水拓市氏だ。2010年代半ばから、解析技術や評価技術が大きく進歩したという。

パイオニアとの共同研究(第4話参照)などを通じて、打感やフィーリングといった感覚的な部分を数値で分析し、開発へ反映できるようになっていった。「ラボの中でちゃんと評価できるようになりました。裏付けができることで、次の開発に生かせる。開発が一歩前に進んだのがそのあたりでした」(清水氏)

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タイガーとの契約が転機となった

さらに、開発陣に自信をもたらしたのが、タイガー・ウッズとの契約だった。プロの評価が上がってくる中でウッズから「ボールを使いたい」と声がかかった。世界のトップ選手に認められたことで、「『B』のボールがいいのでは」と世間のブリヂストンのボールに対する目が変わったのは言うまでもない。

2016年から2017年にかけてタイガーから寄せられるフィードバックと、自社の解析技術を組み合わせることで、開発のレベルがさらに一段上がった。ウッズの言うところの「ディープ感」を形にした話は既報の通り(第4話参照)。「飛ぶ、飛ばないだけじゃなくて、もっと深いところに入れるようになった」。プロが感じるのり感や打感を数値化し、設計へ反映する。そのサイクルが確立されていったのである。

「品質管理」という見えない強み

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ロボットとトラックマンで数字を細かくチェック

ブリヂストンの評価チームは、開発部門の3本柱のうちの一つに据えられているほどで、それだけ重要視されている。一般の人には分かりづらいが、「評価」というのはいったいどういうことをやっているのか。

その現場を見学するべく、ボール開発拠点「M&Dセンター」から車で約10分の場所にあるテストフィールド「ブリヂストンスポーツ ゴルフテストセンター」へ移動した。

テストセンターはネットに囲まれた大規模な練習場のような場所だった。評価のための施設で、日々、ロボットで球を打ち、ゴルフボールやクラブの評価をしている。テストのうちの9割近くはボールの評価だという。

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ロボットで球を打ちゴルフボールやクラブの評価を日々行っている

「ここはゴルフコースの1ホールを想定したレイアウトになっていて、距離にして約380ydあります」と話すのは前出の清水氏。「R&D用の高精度なトラックマンを敷地内に複数設置して、ボールの弾道を細かく分析しています。世界でもトップクラスの計測精度で、新商品の性能評価だけでなく生産品の品質管理試験も実施しています」とテストするものは多岐に渡る。

評価チームの役割は新製品を作ることではない。プレーヤーの声を聴きながら、ボールに対する“ブレない評価”をすることが求められる。「開発試作品のテストがメインですが、ここには各工場で作られたボールが定期的に送られてきます。飛距離や弾道に異常があればすぐ工場へ連絡します」

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計測結果の説明をする清水氏

開発に生かすテストの中で、実演してくれたのはラウンド中によくある「傷ついたボール」のテストだ。傷を左側に向けたボールをショットロボが打つと、球は大きく右に曲がった。「小さめの傷ですが、それでもあんなに曲がる。泥がついただけでも弾道に影響は出ます。プロゴルファーは泥がついたときは狙いどころを変えて、保険をかけながらグリーンを狙っていくそうですよ」と細かなエピソードを教えてくれた。

ブリヂストンが開発・設計で傷がつきにくいボールを追求できたのには、こうしたテストの裏付けがあってこそ。「傷はそれだけ一打に影響しています。品質が良くて、均一性が高いものを開発・評価・生産が一体になって考える。各部署が同時に高めていけることが我々の強みです」、そう言って清水氏は胸を張った。

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傷がついた際にボールがどのように飛ぶかも研究している

◇◇◇◇

「今のままで変えなくていいよ」

契約プロからそんな言葉をもらうこともあるという。それでも彼らは開発の手を止めない。フィーリングはそのままに、少しでも風に強くし、少しでも飛距離を伸ばす。どれも劇的な変化ではない。だが、その積み重ねが数年後、大きな差になってくる。全英女子オープンで優勝した桑木志帆は「今回特に、風への強さを感じた」とボールへの評価を改めて語っていた。ジュニアの頃から9年近く使い続けているからこそ、その進化を実感しているのだろう。

2015年に2~3%だったツアーボールのシェアは、今や8%近くまで回復した。材料、設計、評価、品質管理、製造、それぞれの部署が少しずつ性能を前へ進める。秩父の現場で見たのは、そうした愚直な作業の連続だった。

ボール開発の始まりは1932年 “Bの歴史”をお勉強/大人の社会科見学「ブリヂストンボール開発」埼玉県秩父 #1
スタッフたちのボール開発にかける熱い思いが伝わってきた

「メーカーシェアでは1位になれました。ただ、ツアーボールではまだ上がいる。現役のうちに何とかひっくり返したいですね」。そのように話す宮川氏のコメントが印象的だった。

どん底からの“Re”スタートは未だ道半ば。だが、王者の背中は確実に見えている。(取材・構成/服部謙二郎)

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